2013年6月1日土曜日

ヒマラヤの村 第2日目(3) ネワールファミリー


コラカルカからダドゥワ
さて、ジャガットさんの家についてほっと一息です。まずは紅茶で接待を受けました。今日は標高約3000メートルから1800メートルまで下がりました。1日で1200メートルを降りた事になります。所要時間は4時間半ですから、平均的なコースタイムということになります。年齢の割にまだまだ体力に自信があるようです。4時間半と言っても、途中で道に迷った時間を差し引くと4時間切った事になります。
ジャガットさんの家は6年前に新築した石造りの新家屋と90年前に造られた土作りの家そして家畜小屋の三棟、ちょっと離れた所にトイレとシャワー室の別棟が広々と並んでいます。まさしく日本の都会のマンションとは大きな違いです。こうなると文化や習慣も異なってきます。以前カトマンズからそう遠くない田舎の友人宅で一夜を明かすことがありました。勿論ト
イレは本屋についていません。20メートルほど離れた畑の隅に設置してありました。夜中にトイレに行こうとしてあぁぁ!となった事を思い出しました。停電の多いこの国では、それは至難の技です。

まずは手元に懐中電灯を用意しておかねばなりません。一階は家畜小屋になっていることが多く、急勾配の階段を降りて内側からの施錠をはずして、人気に感づいた犬ちゃんをそっとなだめながら畦道を20歩ほど進まなくてはなりません。四角い屋根付きのポットントイレです。超田舎になると、青空天井で周囲がトタン板或るいは麻布で囲まれてドアのない超簡素なトイレも時々見かけます。月夜となれば明るいので助かりますが・・・。それにしても、高齢者や幼い子どもたちは一体どうするのでしょうか!可愛い20歳前の娘が二人いるのですが、彼女達も夜中に尿意を感じたら、同じ方法を取るしかないはずです。幼い頃からの習慣だから、何の違和感も感じていないのでしょうが・・・・。日本のウォッシュレットの世界と大きくかけ離れてしまったわけです。ネパールのトイレは手動ウォッシュレットですから、しゃがむとすぐ目の前にバケツがあります。それをブリキの空き缶を利用して事後処理をするわけです。でも下痢でもしたら一体どうなる事かと不安がよぎります。

コラカルカからスルケ
家の前には段々畑が広がり、天気が良いと白き峰々が遠望出来るとの事、今は雨季のかかりにさしかかりどんよりとした雲が広がっているのみです。年齢70歳ですが、元気そのものでまだまだ現役で農作業をしています。お母さんは10歳ほど若いのですが、いつも笑顔を保っています。まさしく平和郷そのものです。家族全員が和気あいあい楽しく過ごしています。田舎では勿論大家族で過ごしていますが、この家では両親と長男夫婦とその子供が3人、そして末っ子のお嫁さんとその娘の8人が常時住んでいます。末っ子は中東のカタールへ出稼ぎに行っているそうで、2年に一度しか帰ってきません。2歳になったばかりの末っ子の娘は、こうして家族が支えあう環境の下で成長していくことになります。この子は誰の子という意識もなく、兄の子供であろうが、弟の子供であろうが、自分の子供という概念に結びつくのは当然です。ネパール人と話しの中で、時々、この人が私の兄ですと紹介されても、実際は従兄弟の場合がしばしばあります。こうした習慣は海外への出稼ぎが発端となる以前から派生している習慣でしょう。村落からの出稼ぎや、交易などで自宅から遠く離れた場所で数ヶ月、数年離れてくらさなければならない状況は昔からあったでしょう。そうした背景では、誰の子供であっても分け隔てなく育てなければなりません。ネパール語の家族の呼称は複雑で、叔父方の父、叔母方の父、義理の伯父さん、義理の叔母さん、そしてその子どもたちを区分けする言葉があります。日本では単に伯父さん、叔母さんそして従兄弟と簡単な区分けしかないのですが・・・・。
チベット人のポリグラム(一妻多夫)制は、交易で生計を立てるチベット人の風習として知られています。これは、夫が長期に渡って留守にする社会では、夫の兄弟が妻と共に性を営むことが許される制度として知られています。これには様々な批判もあるようですが、誰の子供であっても、愛情に満ち溢れた環境の中で子供を育てるというのが前提になっています。南アジア社会を放浪して子どもたちから直接話しを聞くと叔母に育てられたとか、叔父方の家に預けられて育ったなど多くの事例を聞きました。概してこうした子どもたちは、日本と異なるのは親が誰であろうとあまり意識をしないようです。

お茶を頂いて、ちょっと一休みです。ここジャガットさんの所はホームスティもしています。客室にはベッドもあり、清潔な寝具が用意されトレッキング道中の宿に近い設備を誇っています。ちょっと違うのは、ガラス戸というものはなく、板で出来た窓で鍵はなく、いわゆる木製の閂が採用されています。窓を閉めると板の隙間から少しばかり光が差し込むわけです。テーブルもあり、床にはビニール製のカーペットが敷き詰められていました。まあ、昨夜の宿にくらべると天国と地獄の差があります。今日は安心してぐっすり眠れそうです。

2時間ほどして昼寝をして起き上がるとティーが待っていました。何かと世間話をしながら時間が過ぎて行きます。そして夕方4時半頃になると又お茶とおやつの時間です。テレビがあるわけでもなく、インターネットもありませんから、現代人にとってはすることがなくなってしまいます。確かに、そう言ったものがなくてもここでは、人々は生活を営んでいます。単純に田舎の人は遅れているからと決め付けるのは早計かもしれません。よく考えて見ると、都会に住む現代人といわれる人々の多くが不必要な情報に囲まれて、自分自身を追い詰めているのではないでしょうか?知恵は育たず、知識だけが肥大していく町の暮らしに本当の幸せを見出すことが出来るのでしょうか?

今日の夕食は山羊のカレーが出ました。近所で山羊を潰したようで、それを各家庭が少しづつ持ち帰って夕食に供されたようです。我々の概念からすると、肉は肉屋かスーパーで簡単に手に入れることが出来るという頭があります。しかし、ここでは、近辺で聞く山羊の鳴き声がそのまま食卓に登場するわけです。それぞれの立場を代えて考えるとお互いに非常識な事をしていると見えるかもしれません。不可解な行動と受け取られても仕方がないでしょう。日常生活が全く異なってしまいます。燃料がないとなれば、ちょっと裏山に入って木を切ってくれば用が足りる世界です。電話をかけてガス会社に要請剃る必要も全くありません。電気は最近どの家でも太陽光発電を備えています。大電力の消費には向いていませんが、蛍光灯や携帯電話の充電には十分なる機能を果たしてくれます。

目の前には田園風景が広がり、夜はホタルが飛び交います。トウモロコシ畑がインとなっている畑の一角いは、様々な野菜が植えられ、色鮮やかな華も咲き誇っています。そう言った意味では、ここは天国に見えるかもしれません。

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