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2017年6月7日水曜日

婦女子の為の補習校



今日も又学校を訪問しました。今回の学校は特殊な学校で、学齢期に通学できなかった女性を対象にした女子専科学校とでも名称を付けましょうか?婦人の為の学級です。この学校で何かお手伝いすることが出来るものかどうか、実地検分に出かけました。
校長さんもにこやかで穏やかな人です。しかし、その目には確たる信念が輝いていました。何しろ女性ばかりの職場です。学校と行っても、貸しビルの一画を借りての授業です。幸いに、この施設は、他の学校と共同でビルを借り、一カ月35000円の家賃を20,000と15000円の共同利用です。
学生は学年に応じて毎月600から1200円の授業料を支払います。教師は8人の構成で現在は70名ほどの生徒が通学しています。その中には70歳のおばあちゃんも在籍です。ポカラからやって来たおばあさんは、カトマンズで毎月4000ルピーの部屋代を払って、ここに勉強しにきているそうで。こうした学校はネパール全土で20校ほどあるようで、政府の援助と地元の支援で運営されています。

2017年6月4日日曜日

カトマンズの学校でのパソコン実習室

今日は怒り心頭
近くのテウダの学校に出かけました。昨日昔からの友人で、この学校を卒業したミヌさんの仲介で、パソコン教室の支援をどうするか下見にでかけたわけです。約束通り10時に予約を入れて科学の教師に会いました。なかなか愛想の良いかたでしたが、職員室に入ると、校長が、「貴方は何者か?」というような不愛想な眼つきで私をにらみつけていました。この時点で校長は私をネパール人と思っていたようです。引き続きコンピューターの教師を紹介されて、パソコン室に向かいました。さて、パソコンが12台ほど並んでいます。いずれも埃だらけで、デスプレーも指紋や汚れに満ち溢れていました。先生に聞くと、一応稼働しているとの事。勿論ネットワークは構成されず、インターネットの環境もありません。全校で300名ほどの生徒がいて、第一学年から10年生まであるそうです。となると一クラスで30人程度。パソコンの授業では2人に一台の生徒が利用できる環境でした。色々と先生に質問していると、この先生のコンピューターの知識がどの程度なのか判断が出来ます。さて、それでは、これらのパソコンのリストがありますか?勿論あるわけがありません。それでは早速作成してみてください。

2017年6月2日金曜日

村の学校でパソコン教室1

スルケ村 建物はお世話になったジャガット家
今日は懐かしのスルケ村にやってきました。前日購入したバス切符の集合時間は5時半となっています。約束の時間にバスステーションに到着したものの探してもされたバスは見当たりません。何しろ新しいバス駅を建設中で、仮のバス駅は小さなスペースで各方面行きのバスが同時刻に発車するものですから、大混乱をきたしています。バスステーションのパーキングエリアに入りきらないものですから、ここへはいりこむ道路へはみ出した状態です。切符販売のカウンターに問い合わせると、今3キロほど手前にいるよ。今到着するから待っているようにと報告がありました。同じバスの切符を手にした客も心配そうにしています。さて、バスは出発時刻の6時が遅れて6時20分にバス駅に入ってきました。それからが、また30分ほど、ノロノロと狭いバスステーション内を渋滞している出口をめがけて進もうとしています。更に30分遅れて、バスがカトマンズ市内を出発したのは、6時50分となりました。何故か乗客はまばらで31人の座席を持つミニバスですが、10人程しか乗客はいません。途中で車掌が声を張り上げながら乗客を拾おうとしていますが、今は地方選挙明けで、村からカトマンズに向かう人はいても、村に向かう人々は激減しています。今回の地方選挙では、40万人もの人がカトマンズ市内から地方へ投票の為移動したと新聞に掲載されていました。人口の一割が移動した事になります。不在者投票の仕組みなどもなく、戸籍のある地元に帰らなくてはなりません。帰らないと、後日にらまれる事になるそうで、まさしく原始的な投票システムです。

2017年6月1日木曜日

三軒の家を訪問



昨年訪問した小児麻痺の少年
今年も彼を訪問しました。昨年は地震後一周年でお見舞いとして食料等2000円分を購入して届けました。今回は僅かながらですが、1000円のお小遣いを差し上げました。お爺さんが傍で孫の世話をしています。足が不自由で立ち上がることが出来ません。年齢を聞くと13歳になったそうです。顔にはハエが飛び回っています。しかし、その目は人懐っこく優しい目をしています。いわゆる世間の穢れをしらない素直さに溢れています。話に聞くと、政府から毎月1000円程度の金額が身体障碍者への給付として届いているそうです。さて、この金額は私達日本の貨幣価値に置き換えてみると、最低賃金の二日分程度の金額ですから、単純に考えると月1万円程度の給付と同等になるでしょう。私が近づいて手を差し伸べると、ニコニコと笑顔を見せてくれました。周囲にいた人々も、「ああ、僕ちゃんは喜んでいるよ」とささやいているのが聞こえました。私には彼の人生を変えるようなことはできませんが、彼の清々しい笑顔が私の心を慰めてくれると同時に、どうしようもない悲壮感とが交錯する瞬間です。傍にいたお爺さんは、1000ルピーのお札をそっと、孫のポケットにそっとしまいこんでいたのが印象的です。家族崩壊や子供の虐待などは日本では新聞記事に数多く報告される昨今です。家族の愛情があってこそ、周囲の愛情があってこそ、この子は生き延びているのでしょう。とにかく複雑な心境を抱えながら、家族の元を離れることになりました。

タミ族の公民館

公民館の内部
さて、以前から約束してあった村の公民館へ資材を寄付する話が進行していました。今日はその現場視察です。事前に連絡していたものの、地区の住民は10分ほど遅れて姿を見せました。タミ族は、ネパールの丘陵地帯に住む民族の一つですが、無類のお酒好きで、農耕を中心とした生活を続けています。ネパールの民族の間には、それぞれの個性があります。例えば、タカリ族はジョムソン街道に多く住む人々でチベットとの交流で財をなした人々を多く輩出しています。またネワール族の多くは、交易を得意とし、首都カトマンズに多く住んでいますが、一部はネパール全土に広がり商売を営み、比較的裕福で地元でリーダー的な存在を多く見受ける事もしばしばです。さて、この公民館は7年前から建設が始まったそうですが、資金難で中断したりでなかなか完成しません。さて、今回は僅かですが、1万円の寄付をすることになりました。同行したラジュさんには既に現金を渡しています。今後必要なのは、床と外壁

2017年5月31日水曜日

村の大工さん

左の二人が大工さん右は、ジャガット氏のお父さん(75歳)
 2年前の大地震の影響で、ここスルケ村の大工さん達は、大忙しです。あちこち新築する家が増え恩恵を受けています。あの家も、この家も俺達が作ったんだよと張り切っています。これから先数年間も安泰でしょう。まだまだ修復や改築をしなければならない家屋が残っています。資金繰りがつかない仮定も、一定の時期を待てば、それなりに余裕資金で家を新築する資金を捻出することでしょう。後しばらくすると雨季にはいります。雨季になると畑仕事、乾季には、自宅近くの家を作るのに従事するわけです。いわゆる内需拡大とでも申しましょうか?それにしても、彼らは、建築の事を勉強したわけでもなく、全ては経験で、人のやっていることを見習いながら、経験を積んでここまで到達したそうです。職人を雇うには、平均すると一日1000ルピーほどの費用が掛かります。食事も提供しなければなりません。又地酒も振舞わなければなりません。まあ、こうしてのんびりとしながら、数か月かけて家が完成するようです。ちなみに二階建て部屋が4つの建物で10ラーク(凡そ100万円)程度かかるようです。概算すると三か月の工期で常時三人の建築大工を雇うとすると一カ月30日×3人×1000ルピーは、9万円の出費です。そのほか、セメントを運んだり、木材を運んだり、砂を運んだりする人材が必要です。大雑把に見積もると一カ月10万円ほど人件費がかかることになり、三か月だと30万円という数字になります。残り3割ほどは材料費という事でしょうか?

2017年5月19日金曜日

ええぇ、これ何?ネパールのウェブ作成

干場の作成しているサイト

ネパールの業者によるサイト
さて、ホームページは、世界中で様々なものが公開されています。当方も素人ながら、独学でレンタルサーバーを購入し、ドメインを購入し友人達のウェブ作成をこなしています。現在の所、私の作成したサイトは、ゴーグルでチェックすると100点満点の80点とか90点を獲得し、サイトのスピードも比較的はやく、やパフォーマンスのエラーなどはも少ないので、黄色もしくは緑色を頂いています。さて、こちらの業者の作成したサイトをチェックしてみると、30点とか20点、ひどいのになると一桁の得点しか得ていないのもあります。文章を見ても、単語のミスが目立ち、やたらとハイカラな英文を組み合わせて作成していますから、意味がちんぷんかんぷんになっています。スペルミスも多く、何処かのページをコピーペーストで作成していますから、怪しい文章になるのは当然です。旅行代理店のページを見ると、どこも同じような文章でやたらと派手に飾りつけだけが目を引いているのが実情です。

2017年5月14日日曜日

ネパール地方選挙当日

政党の出張所!
今日は交通機関が全面禁止となり、許可を得た車両しか走行できません。空港と市内は緑色ナンバーの車両(タクシーやバン)などは動けるのですが、タクシーも禁止の日です。救急車やプレス関係などは、OKとなっています。空港に行くには、市内の要所から政府観光局がシャトルバスを運行しています。ですから市内はまるで歩行者天国の状況です。
投票所の近くには、それぞれの政党が路上でテーブルを持ち出して、幹部が分厚い有権者リストを手にして、見張っています。少し距離を置いたところに別の政党幹部がたむろしているという微笑ましい選挙風景です。有権者には、プラスチック製の写真がラミネートされている投票所入場カードが配布され、今回三か月にわたり三度行われる投票に利用されるとの事。それが終わると、このカードは無効になり、次回の選挙時には、再度発行されるとの話です。さて、選挙が三回繰り返されるという事は、一カ月後に、再度カトマンズ市内からそれぞれの村に帰るわけです。これも私達には見当のつかない不思議な現象です。何しろ、今回が初めてのモダンな選挙です。

2017年5月13日土曜日

ネパールの選挙 前々日


選挙のポスター
バイクによる行進
ネパールの選挙 前々日   
ポカラでは、毎日選挙運動が続いています。市内には、時々バイクの隊列が旗をなびかせながら勇ましく行進していくのが、ここ地方都市の典型です。他方カトマンズ市内は、法律に準じて、こうした行動は自粛を控えさせられているようで、目立った動きはありません。唯一の大都市カトマンズと地方の大きな違いです。小さな町では、それぞれに家には、自分達の支援する政党の旗を大きく掲げています。子供達も小旗を手にして遊んでいます。まるで、日本の選挙とは大きくことなった方法です。諸外国とは異なって事前投票の制度がありませんから、今カトマンズ市内の人口は大きく減少しています。数日前から、村から出稼ぎに来ている人々や、住民票を田舎に置いている人々は、一斉に帰郷しています。新聞記事をみると、はるばるインドへ出稼ぎに行っている人々の一部も、投票の為に里帰りをしているそうです。そんなわけで地方は活気づいている次第です。
カトマンズ市内には、選挙委員会から選挙の仕組みや、方法、注意事項などのポスターをあちこちで見かけますが、果たして、この絵に表現されている方法で実行されるのでしょうか?個別訪問禁止とか、暴力はいけません、接待禁止など表示されていますが、こうした事は、外部から逆に考えると、こうした事を行ってくださいというのも同然です。規則があっても、それを遵守する道徳感が欠けてしまいました。

2017年4月25日火曜日

ネパールの停電そして選挙

雨が降ると道はぬかるみ
今年に入ってネパールの電力事情は急に良くなりました。過去数十年に渡って、いつも停電を続け、一日18時間の供給しかされないこともしばしばでした。所が事態は急激に変化し、今は停電皆無の状態です。そりや、時々作業停電や、雷雨の時には、天候が回復するまで一時的に供給を停止することがありますが、以前に比べると極めて良好で、過去の状況がまるで嘘のような状態です。深夜でも街灯が煌々としています。夜出歩くには全く不自由は感じません。懐中電灯不要の世界になってしまいました。ある友人は昨年の11月にインバーターに使う蓄電池を新たに購入しましたが、その翌月から停電がなくなり、不要となってしまいました。悲劇様々の状況です。
というのは、矢張り政府の悪徳政策によって、意図的に停電をしたいたようで、これに依って、ソーラーパネルや、インバーターの販売業者は大打撃を受けたのは間違いありません。うすうす気が付いていたのですが、通電中に全部の家庭がインバーターに接続して充電をしていたはずですが、これでもパワーが落ちなかったという事です。という事は、電力が過剰に存在していた証でしょう。電力関係の大臣が変わってから、激変したわけです。様々な情報が交錯する中で、やはり、政府高官は、電気を横流しして、莫大な利益を得ていたことも発覚しました。

2017年4月23日日曜日

ネパールの地方選挙

街頭演説会
ネパールは今地方選挙の真っ最中で、それぞれの政党があちこちで投票を呼び掛けています。さて、これはネパールのみならず、インドの地方選挙でも同じような光景を見るのではないでしょうか?村の選挙は私達が想像するのものとは大きく異なっています。まず第一にお金がかかります。識字率が低いので、選挙とはどういうものか理解できません。日本のように、広報が配布され、個々の候補者の意見が述べられることがあっても、読み書きのできない村人の票を取り込むにはどうすれば良いでしょうか?結局人海戦術、すなわち選挙運動員を雇用しなければなりません。ここで左右されるのは、矢張り資金力という事になります。地域の代表になるには、50人程の運動員を集めなくてはなりません。運動員と言っても、無料奉仕してくれるわけではありません。現在の経済状況では一日あたり700円ほどの費用がかかり、一カ月ほどの期間を契約して個別訪問を行ってもらう事が当然となっています。となると、その費用だけでも100万円を計上しなくてはなりません。他の候補者に乗り換えられると困りますから、

2017年4月20日木曜日

カトマンズの片隅で

古都パタンの王宮広場
先日友人で、ここカトマンズで宿の経営をしているジャガットさんと一緒にある家族を訪問しました。カトマンズ中心地にあるナヤバザールの簡素なアパートにはインドからの家族5人が住んでいます。32歳の夫は近くの縫製工場で一日500円の収入を得ながら、家族を養っています。彼等の出身地はインド・ビハール州のラクソールの村ですが、6歳の男の子が初期の小児麻痺で足が不自由で立ち上がることが出来ません。そんな子供を抱えた家族は、村人から差別を受け、村から出ていくように促されていました。両親からも迷惑がられ、結局村を離れることになりました。9歳の長女は栄養不足で年齢の割に発達が遅れているようで、身長は6歳の次男と変わりません。正常に育ったと思える8歳の長男を伴って、全員5人でインドの首都デリーに向かいました。そこで数か月過ごしたようですが、あまり芳しくありません。ネパールでは、海外出稼ぎ熱が高く、若い人や仕事をする人がいないとの情報を得て、はるばるカトマンズにやってきたそうです。こちらに来て約半年経過しています。足の不自由な息子のために、生活費を節約しながら、検査(費用は約10,000円)も受けました。幸いな事に格別異常はなく物理療法で回復に向かうだろうという診断を得ました。と言っても、療法に通う費用を捻出するのも大変です。こうした、話をどこからともなく、友人のジャガット氏が聞きつけて、何とかできないものかと奔走しています。そんな中に私も参加することになりました。

2017年4月15日土曜日

ネパールのバブル

雨が降るとぬかるみ
ネパールでも、最近は詐欺事件が横行しているようです。とある中級ホテルの隣にATMの装置があります。これが、ホテルの部屋から監視できるように、小さな無線通信付きのカメラを仕込んでいたそうです。それで、暗証番号を盗み見て、カードを偽装して大量の現金を掠め取ったとの事です。いやはやサイバー詐欺はどんどん進化しています。この悪事を働いた外国人はネパールの警察に逮捕されたそうです。
或る事件では、激化する利息競争を利用して、高利で資金を預けるとのタレコミをして、資金を集め、最初の一カ月だけ配当をつけ、その後は雲隠れする金融業者も登場です。お金持ちはそれなりに、高額の資金を預けますから、被害も大きくなってしまいます。中には、ノイローゼにかかる人々も出現しています。結局元金は保証されることもなく、泣き寝入りになってしまいます。こうした事態に備えて政府が取り締まりをするわけでもなく、野放しの状態です。