2017年3月31日金曜日

12.3ガラクタ屋



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


 12.3ガラクタ屋

ヤンゴン街角にある水飲み場
ミャンマーの現状を見ていると何かしら20年前のスリランカと似た所を多く発見出来ます。当時のランカは時の大統領ジヤヤワルデネ氏の指導の下で社会主義国から経済の自由化を始めたばかりでした。モノは非常に大切にされ修理に修理を重ねた商品が出回っていました。ここでは、様々な修理屋さんがあり、とても忙しそうです。ガラクタショップ大繁盛です。カバーのなくなった扇風棟だとか、ペンキを塗り替えただけの新品に見える冷蔵庫とかが出回っていました。こんなものは何に使うのかと首をかしげるような品物も路上で販売されてます。
ミャンマーでは特に自動車の部品と思われる鉄製品が所狭しと並んでいます。 一体これらは何に使うのでしょうか? 店の親父は景気のよい証として大概お腹が出っ張っています。いつもにこやかな顔をしています。 最近外貨不足とかで、乗用車の輸入が規制されました。 彼らの出番が回ってきたようです。マンダレーでは**消防庁と記された車の左側のドアだけが店先に並んでいました。 スリランカと異なる面もあります。すなわち修理屋の種類が限られいます。ミャンマーでの日常生活を観察してみると、靴は殆ど履きません。かばんはシャンバッグを肩に引っかけて終わりです。服装も至って簡単ですから、仕立て屋の数も南アジア社会に比べると発達すする訳がありません。電気の供給事情が悪い国ですから電気製品の普及は令-で扇風機よりもうちわが便利な社会です。資源の再利用の方法はその国の事情に依って普及する商品が異なり再生技術に違いはあっても活発に為されているようです。 ここでは日本の粗大ゴミが再び有効に活用できるのではないでしょうか?

2017年3月28日火曜日

12.2落っこちたトマト



12.2落っこちたトマト


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです

タージの街にて
遅れていると言う事は一体どのような意味を持つのでしょうか? 単に教育水準が低いと言う発言もこの国の尺度では通用しません。ましてや科学水準が低いと言ってもそれは彼らの実生活とかけ離れた存在です。このレベルで人が優れているとかを語るべきではありません。その人々の行動がどのようになされるのかが真の人生の尺度ではないでしょうか? 今日のトラックバスの荷台からトマトが-駕寵落ちました。 15キロ種詰まった寵です。 皆協力して路上に散乱したトマトを拾うのに協力していました。 はつらつとした光景を眺める事となりました。ここに真に仏教徒としての悟りがあるように思えてなりません。誰一人この事件に関して良いとか悪いとか批判はしません。 起きてしまった事象に対しての決着を付けるのではなく、それをどのように処理するかを決めるのが先のようです。 こうして考えると我々はまだまだ教えて貰うべき事が沢山ある気が致します。ここピーの街へは又来年も訪ねてみたいと思います。季節を選んでビルマにはまる事と致しましょう。

2017年3月27日月曜日

12.1ミャンマーの謎



12 .トピックあれこれ

12.1ミャンマーの謎

この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです

女性は働き者
ミャンマーに暫く滞在して不思議に思う事があります。その一つとしてこの国の人口増加率です。 他の発展途上国からすればかなり低い数字に収まっているのは何故でしょうか? 政府の統計によると1991年から95年迄の5年間に4078万人の人口が314万増えて4392万人にしか達していません。この事は年率にして1.83%の増加です。 国連の統計によると通常2.3%を超えると危険で何らかの人口抑制策を講じないと大変な車となると大騒ぎします。 インド等は必死になって政府が宣伝しても今は10億を超える人口になってしまいました。 中国は厳しい政策で一人一子制度に踏み切りました。 所がここミャンマーでは政府がそのような指導をしているとは聞いていません。さてどうしてでしょうか?
幾つか考えられる点はインドに比べて結婚年齢が高いのもその要因の一つではないでしょうか? 通常20歳未満で結婚をするという事は人間の生殖活動の最も活発な時期を選んでいますから、当然の事として子供の数は多くなります。 晩婚であらば或る程子供の数少なくなるのが自然の摂理です。 その外の要因として僧侶や尼さん等生涯を独身で過ごす人々の数がかなりに占め、それらも数%寄与しているように思います。 医療設備の不備で幼児の死亡率が高いのかと聞いてもどうもその気配も薄いようです。 実際の乳幼児死亡率がどうなっているのか実態は定かではありません。

2017年3月26日日曜日

11.7闇価格



11.7闇価格


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです



まだ活躍している
社会主義特有の政策として配給制度があります。ミャンマーも例外ではありません。 そしてこの配給制度が次第に闇価格の発生源となっているめです。 諸外国からこの制度を撤廃するように圧力を受けているのですが現在もしっかりと二重価格の下で人々の生活が成り立っています。
この現状を実例を持って紹介しましょう。 昨年の話しとなりますが、ガソリンは配給制での価格即ち公定価格は1ガロン(4.5リッター)当たり25チャットですが、一週間を超えると配給制の枠を越えて別途買い求めしなくてはなりません。この時の価格が何と10倍近くの270チャットとなります。この数字は計算し直すとリッター当たり40円程度となりますから、世界の標準価格に近いものです。 かくして闇商品は軍部の倉庫から大量に出回り社会の秩序を保っているわけです。 パガンからインレーへ向う道中でバスが民家に入っていきました。 何が始まるのか当初は不可解に思っていたのですが、やおら兄ちゃん達がでてきてポリタンを使って車への給油を始めました。メーター付き'の給油ポンプ等ありません。全て人海戦術です。 旧式なる漏斗とバケツ(ポリタンク)の原始的方法です。これだと停電でも心配がありません。

11.6男女交際



11.6男女交際


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです

女性も街で活躍

ナウい喫茶店でたむろしている青年達は一体どのような話溝をして時間をつぶしているのでしょうか? 多分あの娘はどうだとか卑猿なる話しもかなり混じって来るのではないでしょうか? 反対に女の子同士でもあの子と付き合うとどうだとかなんだのかんだの噂話しをしているようです。或る日本人の青年の話しによると、ミャンマーの女の子はミャンマーの男の子はどうも粗暴だから良くありません。 付き合うなら外人だよねといった感覚をもっているそうです。 外国人と言うのは-体誰の事でしょう?そんなに沢山外人が住んでいる訳がないでしょうに! 町で時々手をつないで歩いているカップルがいますが、これは多分若い夫婦でしょう。 インドや回教社会のように小さい頃から既に全く男女別々の環境で育つ事はありません。 よくインド等で話題になるのですが、彼らの目からすれば男女共学等は持っての他。何しろバスの座席でさえ気を配って女性専用席など存在する社会です。パキスタンの市内バスは完全に男性と女性の席が鉄格子でしきられています。南インドの長距離バスでは車掌さんが見知らぬ男性と女性が隣同士にならないように子供を挟み込む等して調整してからスタートします。

2017年3月22日水曜日

11.5映画とビデオ



11.5映画とビデオ

この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです

パゴーの市場
貸しビデオ屋さんが繁盛しています。 場所に依っては一回のレンタル料金が20チャットから50チャットですから手軽に借りる事が出来ます。 ホテルやゲストハウス等ではお客さんがテープを用意すればホテル側はデッキとTV一式を利用させてくれます。全く有り難い方法です。長距離バスの車内でも何本か上映される事があります。 それらは全くバラバラのマサラ貸しテープ屋さんとでも表現しましょうか、卑猥なものを除いて世界各地からの海賊版が集まっています。 香港作成で日本語の字幕の入ったやくざもの 映画から、洋画の最新作、インドのアクション映画、中国のオカルト映画などが店頭に並びその無秩序さに感激さえ覚えます。 地元の人々は言語がわからなくてもとにかく画面が派手に動いていればそれで良いみたいでミャンマー語への吹き替え作品や字幕の出るものは殆どありません。 字幕がでても日本語か中国語か英語に限られています。
奇妙な現象です。インドの場合北インドでヒットするとその作品はスターを南インドの人に置き換えて再ロケをして作り直します。この事はタッピングと呼ばれています。一体この国の実状はどうなんでしょうか? どうも人々は言葉など理解するのは二の次でそのアクションや風変わりな行動に目を奪われて陶酔しているように見うけます。 ストーリーはどうでも良いのが本音のようです。

2017年3月20日月曜日

11.4夢あれこれ





この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


11.4夢あれこれ

この汽車動いてる!
ここ、ミャンマーでは、タイの宝くじがはやっています。一発当たると300万バーツ(一億円)の夢が実現します。 規則からするとこれは御法度なのですが、人々は一向に気にせずにせっせと次回は何番にすれ
ば良いか、数人集まって研究会らしき事を始めています。それに引き換えミャンマー国営宝くじ販売所はどう見ても活気がありません。やたらスピーカーで宣伝していますが、売り上げ不振です。
ジャパニーズ・ドリームも彼らのあこがれとなっています。ネパールの様に出稼ぎ経験者がもつと増加すれば、この話しは庶民にとって、一層身近な物となるのでしょうが、現段階では庶民が外国へ行く事を想像すらした事のない人々ばかりです。 極めて一部の人からの又聞きの又聞きで、外国の給料がどの程度なのか知っても驚きはしますが現実にはどうなのかピンと来ない人が大半なのではないでしょうか? 果たしてこの国の人々は、もし海外旅行がもっと自由になったら、多くのネパール人が始めたように、ジャパニーズ・ドリーム実現の為にはあらゆる手段を講じても構わないという気風になるのでしょうか?

2017年3月19日日曜日

11.3清潔の概念


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


11.3清潔の概念

屋台の光景
以外とこの国は清潔好きな国のようです。インドの町や村を歩くとどこかで人糞を踏みつけそうになる事がしばしばあるのですが、ここの国では殆どそれは見掛ません。車窓から見える人家には必ず本屋(母屋)の他に別棟でトイレと思われる一角があります。市場やバス停等でもトイレの設備は整っています。こうして眺めて見ると衛生思想はすごく発達していると言えましょう。それは、昔訪問したスリランカと似た家の作りとなっています。
話はカラオの事に戻りますが、夕方再びウラミンさんを訪問しました。マネージャーという要職にありますから客がいると夜はホテルの一室で宿泊です。運良く彼の部屋に招いて頂ました。丁度夕食が終わった所です。ビルマの感覚では他人が箸をつけたものでも何の抵抗もなく食べる感覚があります。彼のテーブルにあった鶏肉の洋風の味付けとバターポテトを頂戴しました。 複数でミャンマーカレーを食べる時は、3人いてもスープは一皿でレンゲが人数分置かれて出てきます。中国料理の場合も皆で同じ皿のものに箸をつける事に疑問は感じません。

2017年3月16日木曜日

11.2ファッションあれこれ


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


11.2ファッションあれこれ

ほおにつけたタナカ
ミャンマーのファッションは何でしょうか?道行く人々お顔を見ると黄色い粉で塗りたくっているではないですか? 通称これは現地語でタナカと呼ばれています。原料はサンダルウッドの粉をといた一種の天花粉です。香りが良くて肌にも良いそうで超人気の商品です。
その塗り方も百人百様で、顔全体を塗る人もあれば頬の部分に丸く可愛く塗ったリ、更にその上を刷毛でなぞって模様を付けて見たり、色々と工夫が為されています。 もしも、彼らミャンマー人の顔がアフリカ人同様に黒いものであれば、まるで人食い人種が施しているファッションと似ていませんか? 或いはパプアニューギニアの現地人の化粧法に近いものがあるように思えてなりません。
ヤンゴンの宿に泊っていてタミル系の掃除のおばちゃんに「明日からマンダレーの方面へ旅にいくから」とさようならをしたら、是非サンダルウッドを買ってきて欲しいと頼まれました。向こうではヤンゴンに比べて五分の一ぐらいで買う事が出来るから忘れないでと念を押されました。

2017年3月14日火曜日

11.1給料あれこれ



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


 11.庶民の暮らし

11.1給料あれこれ

パゴーの寺院
パゴーのサンフランシスコゲストハウスの隣の家は内職としてシガー(葉巻煙草)をセロハンでくるむ作業をしていましたが1000本巻いて12チャットの収入とか、一日平均7000本の作業をするそうです。一日の日当は12×784チャット即ち40円と言う事になりましょう。矢張り如何に賃金が安いか解ります。何故こんなに賃金が安いのでしょうか?この国の不思議の一つです。
ピーのパンガバ・ゲストハウスで半年前から住み込みで働いている20歳の青年は一ケ月1000チャットの給料です。いつも明るく我々を迎えてくれます。インドのホテルで働く人々も結構明るいのですが、マネージャーとルームボーイそして掃除の係りという具合に厳格な階級制度が根底にあり、何となく陰湿なイメージをぬぐいきれません。しかしここではそう言った制約を余り感じる事なくおおらかに生活している感じがします。
地方の喫茶店等で働いている少年達の給料が一ケ月700チャット程度という話です。勿論食事と住居は与えてもらえます。お祭りの時等は別途200チャット程お小遣いが頂けるそうです。 また年に一度はロンジー等が支給されると言います。一日の手取りが20から30チャットすなわち円で換算すると15円という事でしょうか? これがヤンゴンになるとかなり跳ね上がって一日の平均賃金は150チャットを超えるようです。しかしここから食事代を自分で払う事となれば手元には殆ど残りません。マンダレーの日雇労働者で、大体100チャットと言われています。

2017年3月13日月曜日

10.4都会と田舎


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


10.4都会と田舎

どこまでも広がる大地
首都ヤンゴンでは最近はナイトクラブの営業も認められ次第に華やかさを増してきました。非合法なのですがある程度の娼婦も活躍しているそうです。高層ビルも沢山並び高級ホテルも幾つか開業しています。しかし一般商店の閉店は以外と早いものです。マンダレーでは夕方6時を過ぎると多くの商店は閉店してしまいます。その後はあちこちで屋台が営業を始めます。どうもこれが庶民の夕方の楽しみの一つなのかも知れません。 一杯のお茶で何かと雑談をして噂話に花を咲かせているようです。 映画館もあるのですが、最近は家庭でビデオが普及し、ここでも他の国と同様に斜陽産業の一つとなり始めました。 ヤンゴン市内は時間と共に次第に住みにくくなるのかも知れません。
他方農村部の生活はどうなのでしょうか? 何の娯楽もなく電気もないのですから彼らの生活は早寝早起きとなっているのでしょう。 自然と共生した素直な生活を体験する事が出来ます。

2017年3月10日金曜日

10.3今日も停電



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


 10.3今日も停電

電柱はあるけれど
地方では電気の事情が極めて悪いのが現状です。さてこの電気料金は政府の下で管理されていますから極めてその料金は安いのです。1KW当たり3チャットすなわち150銭の料金です。ですからどんな田舎のゲストハウスに泊っても惜しげも無く電気温水器でホットシャワーを利用する事が出来ます。エアコン付きの部屋が4から5ドルでどうして泊れるのか考え直してみるとどうもその秘密は電気代の安さにあるのではないでしょうか?しかし停電が続くのではエアコン付きの部屋は蒸し風呂になるのではないでしょうか? 
ネパールでは電気料金は比較的高いので、通常太陽熱を利用した温水給湯システムが広く出回っています。 トレッキングの道中でホットシャワーが利用出来る場所には必ずこれが備えてあります。

2017年3月9日木曜日

10.2都市の個性



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです



10.2都市の個性

ヤンゴン市庁舎前にて
今回の旅で幾つかの主要な町を訪問する事が出来ました。それぞれの町のポイントを列記してみたいと思います.まずヤンゴンは矢張り首都としての風格及び活気があります。 そのエネルギーは隣りのバンコクに比べると規模の点では小さいのでしょうが、人口は周辺を加えると500万人とも言われています。今後急速に人口も増大していく可能性があるでしょう。しかし他のアジアの巨大都市と違う点はスラム地区がないという事ではないでしょうか? 今後2015年にはボンベイの人口は3千万を超える可能性があると懸念されています。果たして将来のヤンゴンの人口はどの位に増加するのでしょう。
マンダレーは別名中国人の町とも呼ばれています。この都市の仏教徒の数は7割しかいないという話を聞いた事があります。 最近はミャンマー語の話せない人々の数が急激に増えたと話しています。お隣り中国からの経済難民の流入でしょうか?市街は碁盤の目のような作りになり住所を示す時には何番通りと何番通りの間とか何番街と何番街のコーナー等という表現が為され大変わかり易いのが特徴です。いわゆるアッパービルマの中心都市なのですが、その規模は日本の何処かの人口10万人程度の地方都市という雰囲気がしないでもありません。

2017年3月8日水曜日

10.1ヒンヅー寺院とモスクが並ぶ



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


10.都市と農村

10.1ヒンヅー寺院とモスクが並ぶ

都市と農村を結ぶラインカー
ミャンマーでマンダレーとヤンゴンだけを眺めて帰国するとその印象は本当にミャンマー
は仏教の国なのだろうかと不審に思うのではないでしょうか? ヤンゴン市内には教会もあ
ります。回教寺院も沢山あります。 ユダヤ教の教会もあります。マンダレーも同様です。概して何処の国でも都市部には色々な人種が集まるのが常です。それを象徴するかのように都会のあちこちには教会や寺院がその種類を異にて乱立するようです。 
しかし多くの農村部に住む殆どの人は仏教徒で彼らが全体の数字を押し上げているのですが、時にはその事を見失う場合もあります。 インドネシアのバリ島は多くがバリヒンズーを信仰しています。スマトラのトバ湖周辺は圧倒的にクリスチャンの住む地域です。 しかしインドネシアの国教は回教となっています。マレーシアに於いてもこの国が本当に回教国なのかと信じられないくらいに異教徒が西海岸に住んでいます。 ペナン島等はその典型でしょう。しかし東海岸を旅すると矢張りこの国はイスラム教の国だと再認識する事があります。