2017年3月26日日曜日

11.6男女交際



11.6男女交際


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです

女性も街で活躍

ナウい喫茶店でたむろしている青年達は一体どのような話溝をして時間をつぶしているのでしょうか? 多分あの娘はどうだとか卑猿なる話しもかなり混じって来るのではないでしょうか? 反対に女の子同士でもあの子と付き合うとどうだとかなんだのかんだの噂話しをしているようです。或る日本人の青年の話しによると、ミャンマーの女の子はミャンマーの男の子はどうも粗暴だから良くありません。 付き合うなら外人だよねといった感覚をもっているそうです。 外国人と言うのは-体誰の事でしょう?そんなに沢山外人が住んでいる訳がないでしょうに! 町で時々手をつないで歩いているカップルがいますが、これは多分若い夫婦でしょう。 インドや回教社会のように小さい頃から既に全く男女別々の環境で育つ事はありません。 よくインド等で話題になるのですが、彼らの目からすれば男女共学等は持っての他。何しろバスの座席でさえ気を配って女性専用席など存在する社会です。パキスタンの市内バスは完全に男性と女性の席が鉄格子でしきられています。南インドの長距離バスでは車掌さんが見知らぬ男性と女性が隣同士にならないように子供を挟み込む等して調整してからスタートします。

その点東南アジアの社会では全くそんな事を意識せずに育っています。 ただ思春期を迎える頃から
次第に男女に壁が出来特定の相手と付き合いを始め結婚に至るというのが一般的です。 ミャンマーも多分そう言った傾向にあると思います。 一体どうしてインド人達は男女関係でそんなにワイワイ騒ぎ立てるのでしょうか。 こちらからインド社会を眺めてみると極めて性的に抑圧された社会のように見えて来ます。 抑圧されすぎるから過剰反応をおこして性犯罪が増加するのではないでしょうか? インド人の心理からすれば男女同席すると大変危険だから分けなくてはいけないという話しが真面目に持ち込まれます。一体何が危険なのでしょうか? 
インド社会では、男性が浮気をしても許されるのですが、女性がそれをすると大問題となります。どうも不平等な感じがします。 果たしてミャンマーの.場合はどうなっているのでしょうか?
ミャンマーやタイのそれは非常におおらかな感じを与えてくれます。 成る程インドに入ってから
西に向うとギリシャに入るまでウエートレスなる姿を見掛る事はありません。 回教国の多くでは女性の素顔等を見る機会は皆無です。スリランカではアンブレララバーという言葉を聴く事がありますが、これは未婚のカップルが密かにデートをしている光景をさして生まれたものです。灼熱の太陽の下ではデートも大変です。 大概このデートに利用される場所はコロンボ市内のゴールフェイスから鉄道線路ぞいのガルキッサという8キロ程の海岸線に沿って日除け傘持参で出没です。 幸いに傘が日差しをよける働きと正体を隠す役割を兼ねてくれます。
ここミャンマーではどう呼ぶのかわかりませんが、ヤンゴン市内の公園は逢い引きの格好の場所を提供してくれているようです。おまけがついて覗き組みも出没するそうです。 結構ミャンマー人はむっつりすけべなのかも知れません。街角の屋台でも公然とコンドームが販売されています。 若い兄ちゃんがにやにやとして私に「叔父さんいらない」といった感じで声をかけてきます。とすると私も結構むっつり組みに見られているのでしょうか?
結婚は恋愛の末双方の家族の同意を得た上で式をあげるのが一般的なようです。 中には幼いころからの許婚をもつ人々もいるとかききました。インドの言葉を探してみるとボーイフレンドとかガールフレンドとか言う言葉を耳にする事は皆無です。しかしここミャンマー語の学習テキストには現地語の使用の優先順位の高い部類としてこの言葉が加わります。 インドで使われる場合はボンベイ等に住むハイカラ族のお嬢さん達の会話で英語として使われているのが現実です。
時々宿泊している宿の一室に数名の女性が集団で住み着いている場合を見掛ますが、彼女たちはその道のお人なのでしょう。 若い兄ちゃん達の一部ではあけすけに誰か相手はいないかな話しをもらしている連中もいます。 見る限り何となくこの国の性愛文化には明るさを感じます。これらについても今後の課題かとも思います。

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