2025年2月3日月曜日

パレンバン紀行2023年

 

パレンバン紀行2023

6-Jan 2025

Satoru Hoshiba

概要

元実習生のサブジュ・ギオを尋ねてから一年が過ぎてしまいました。記憶が薄れない間に記録として残したい一心で綴ってみました。一年以上経過していますが、Google Photoに保存した写真を見ると幾つもの思い出が昨日の如く湧いてきます。記憶をたどっていくと、訪問した場所がありありと浮かぶと同時に深追いへと導いてくれます。単なる訪問を読み返すことで新たな事実を見出す作業が始まります。現在はネット社会で情報の入手がたやすくなりました。食べたものを良く消化すれば健康そのものです。同様に旅の経験を消化すれば、心身爽快になります。これも旅の醍醐味にひとつなのです。人生とは生涯学び続けることかもしれません。

 

Maps1 ブキッテンギからパレンバンのバス路線 783Km

https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1CKqvEFVyKsLYiasQg2PNTE7Na8C071k&usp=sharing

 

Map2 パレンバン周辺の移動    合計450Km

Palembang からMuara Enim          185Km

Muara Enim からBukit Asam          往復 28Km

Muara Enim からGunung Menang  83Km

Gunung MenangからPalembang   154Km

https://www.google.com/maps/d/edit?mid=16tGqnTA2NZyDcLE5KNCAIy6msn5gZjI&usp=sharing

 

2024年12月23日月曜日

EP60 エピローグ

 こうして、今回の旅インドネシア2024は無事終える事になりました。本当に皆さんお疲れ様でした。お世話になった方々に改めてお礼を申し上げます。今後とも皆さんの為に頑張っていきたいと思います。



EP59 行程表及び地図

 下記に関連したインドネシアの地図及び日程表を記載します。移動総距離はおよそ1500キロに及びました。数値はバイクで回った距離となり、一部区間で列車利用となっていますから、実際の移動距離とは異なります。概算として参照してください。




E58 日本国内での実習生

 私が彼らの世話を始めたのは今から6年以上前の話です。石川県の小松製作所で実習生として勤務していたテグのグループが立山登山を目指して夕方立山駅に到着しました。しかしこの時間では、山に行く交通機関は終了しています。仕事の帰りで、彼らの姿が目にはいり、インドネシア語で話しかけてみました。「今日はどうしようか、この辺りでテントしようか。」と考えていました。幸い私の住んでいるところは目の前ですから、招待することにしました。「お金もいらないから、心配しないで泊まってください。」彼らは当初は半信半疑だったでしょう。自分の家だと思って安心して使ってくださいとの申し出に疑心暗鬼の状態がじわじわと解けていきました。翌朝彼らは元気よく、立山に出かけました。この件がとてもうれしかったのでしょう。その後口コミで次々と山が好きな在インドネシア人の休息所、合宿所と化していきました。

EP57 インドネシアイスラム教徒の日常

彼らの大切にしていることは家族の絆と宗教の二点が日常生活の基本です。そして重要となるのが仕事(収入への道)ということに繋がります。家族との絆は近年普及しているSNSを通じて遠く離れていても容易に繋がることが可能です。日本では、コロナ流行期にビデオ通話などが流行しましたが、出稼ぎインドネシア人にとっては、遠く離れた故郷と直結する大切なツールです。日本在住時は仕事が終わると真っ先にスマホで家族に、恋人に近況報告です。しかも、家族との通話は延々と続きます。

EP56 旅を振り返って

今回は、インドネシアの元実習生の家庭を訪問する旅が続きました。その多くの人々は、様々な経験を積み人生を歩んでいます。インドネシアの旅は今回で10回目になるでしょう。しかしその多くはスマトラ島が中心でした。昨年は元実習生の住んでいるスマトラのパレンバンを訪問しました。今回はジャワ島が中心で多くの友人達の支援で次々とリレー方式で各地を移動することが出来ました。その多くは村から村への移動です。時にはバイクの後ろにのっけてもらい150キロを移動や自家用車で130キロの行程を迎えに来てもらうこともありました。勿論バンドンからジョグジャカルタ、スマランからジャカルタの長距離の移動は列車が中心となりました。

EP55最後の大失態

 今日はモスに空港まで送ってもらう予定になっていました。途中で渋滞があると大変だから、予定より早く出ることになりました。チェックイン開始は午後350分からとなっています。午後1時前に自宅を出発しましたが、少し方向が違うようで、多少心配になりましたが・・・。ところが到着した場所は国内線専用のハリム空港でした。案内所で聞いたら、ここじゃなくてスカルノハッタ空港です。私もモスも勘違いをしていたようです。さて大変な事になりました。時刻は3時です。モスに聞くと「大丈夫、ここから1時間ほどで到着するから」果たして本当に到着できるのでしょうか?とても心配になりました。運転手はどんどん他の車を追い抜いて先へ先へと進んでいきます。しかし区間によって渋滞する箇所もあります。所々に表示版があり、空港まで到着予定は20分などと標識があります。

EP54 次の目的地への準備

 ここで2日ゆっくりさせて頂き、明後日はKULに出発することになります。ジャカルタからのフライトはすんなりとチェックインが出来ました。所がペナンからバンコクのフライトは3回ほど試みてもうまく行きません。この切符は直エアーアジアからの購入ではなく、他のウェブサイトから申し込んで購入しました。私のフライトは確認できるのですが、思うように先に進んでくれません。じっくりとチェックすると電話番号が異なっています。電話番号はどうも申し込みをしたTripコム社のマレーシアの番号のままになっていました。これを編集しなおして、私の日本の携帯電話番号に置き換えると、すいすいと作業が進み無事搭乗券をゲットすることが出来ました。今日はマレーシア入国時に必要なアライバルカードをウェブ上でスマホ入力しなければなりません。今回ほぼ一か月の旅を通じて、スマホがなければ、手も足も出ないという状況を実感しています。インドネシア入国時のMPOX検疫QRコードに取得に始まり、アゴダやブッキングコムでのホテルの手配、友人達とのSNSを通じての連絡、ゴーグルマップを利用しての位置情報の確認など数多くのシーンで役に立っています。今回は元実習生や、インドネシアで世話をし続けて来た友人達の再会など意義深い旅となりました。それぞれの家庭を訪問することが出来、彼らの家族全員から丁重なおもてなしを受ける旅でした。都会の生活、田舎の生活そして、個々の家族の実情など、あまりにも多くの人々の生活を垣間見ることが出来ました。通常の日常生活もしっかりと観察させて頂きました。奇跡を感じるような日々はアッという間に終えようとしています。「インドネシアの皆さん立山へ遊びに来て下さい。仕事の疲れを癒す居心地の良い場所を目指して頑張っていますよ。」通常の観光旅行以上の心のお土産を頂いて感無量の日々でした。

EP53 LRTインドネシア版

今日は朝から雨が降っています。時々晴れ間がありますが、小雨状態が長く続いています。幸いな事に土砂降りは免れていますから、傘をさしながらの行動は可能です。宿のチェックアウトは12時ですから、それまで近郊の散策を予定していましたが、これはキャンセルとなり、ホステルでゆっくりと過ごすことになりました。1145分にチェックアウトを済ませ、街中見学を兼ねて徒歩30分ほどの距離にあるバス停まで出かけました。スディルマン駅近くのバス乗り場かと思い、トランスジャカルタのそれらしき場所で聞いてみたら、更に5分ほど歩いた別の乗り場という事です。ゴーグルマップだけを頼りにしていても、わからない事が沢山あります。ジャカルタの公共交通機関は複雑怪奇な仕組みです。

EP52 ジャカルタ旧市街

 ボゴールの植物園の見学を終えて、一度宿に戻りました。遅い昼食を済ませて時計を見ると4時半です。雨が降る気配もなく、勢いに乗ってジャカルタ旧市街に出かける事にしました。今宿泊している宿近くの国鉄ゴンダンディア駅から電車に乗れば15分ほどの距離です。電車は高架を走り抜け終点のジャカルタ・コタ駅に到着しました。電車を降りるとどこかのお祭りに遭遇したかの様に人人で溢れていました。それもそのはず今日は日曜日でお休みの日ですから、あちこちから人が集まっています。人込みをかきわけて直観的に旧植民地時代の建物の残る地域へと進んでいきます。次第にそれらしき建物が目に入ります。その規模はスマランの建築物の数倍も大きなものがドンと目に飛び込んできます。それはまるでヨーロッパの中世都市に紛れ込んだかのような錯覚に陥りました。ぶらぶらしている間に日が暮れて周囲は薄暗くなってきました。

EP50 コミューター路線初試乗

ジャカルタの公共交通機関を乗りこなすには多少事前準備が必要となります。まず近くのコンビニ(ジャカルタではIndo Maretが多い)で電子マネーのカードを購入し、チャージする必要があります。このカードはジャカルタ以外の交通機関では使えないので本体の27500ルピア(275円)は買い切りという事になります。それから、チャージすることになりますが、駅にもチャージの機械が備えてあります。コンビニでチャージすると、その都度1500ルピアが手数料として差し引かれます。今回はこの電子マネーでゴンダンディア駅からボゴール往復、ジャカルタ・コタ駅往復を利用しました。前者は片道6000ルピア、後者は片道3000ルピアの料金でした。車内にはアイコン付きで多くの注意書きが並んでい
ます。危険物持ち込み禁止、飲食禁止、ちょっと風変りなのは、床に座るのは禁止など日本では見かけない表示があります。車内は極めて清潔で走っている車内でも清掃係りがモップ掛けをしています。警備員も頻繁に巡回しています。この路線では車掌さんは乗っていません。車両は日本で利用されていた国電の塗装を一部塗り替えていますが、乗り心地や振動、音は昔日本で乗った電車と同じ感じでノスタルジアを感じます。

EP51ボゴール植物園

 ボゴールはジャカルタ中心部から60キロ南に位置し、中心部からコミューター路線を利用すると1時間半ほどで行ける手軽な場所です。大きな植物園があり、行楽地として賑わっています。日曜日ですから、大勢の客で賑わっていました。駅から歩いて20分ほどの距離ですから、そんなに遠くはありません。ここは結構大きな駅でオランダの植民地時代の建物も幾つか残っています。駅前付近は屋台が乱立し、路上で食べ物の販売や、お土産の販売などあらゆるものが、様々な形態で並んでいます。普通の日本人の目からすると、あまりの不衛生さで、路上の屋台での食べ物は敬遠することでしょう。洗ってあるのか、どうか定かではない丼でおいしそうに麺をすすっているグループがいます。最近は発砲スチロール製の丼を使う屋台も登場していますが。街中にはあちこちゴミが散乱したままで、歩くにも注意が必要になります。さて、目的地の植物園入り口に到着です。切符販売所はどういうわけか、仮設テントにデジタル機器を配置してQRコード付きの切符を販売しています。料金は25500ルピアですから日本円でざっと250円。

EP49 コンコスホステル


 終点の駅からは、ホステルまでは、スマホ片手でゴーグルマップに頼らざるを得ません。使ってみてびっくりするのは、その精度の良さです。大都会の場合は一方通行の道路だったり、道幅が広すぎて右側を歩けば良いのか、左側をあるけば良いのか良くわかりません。ゴーグルマップによるナビゲーターは、現場で拡大して眺めると、交差点はどこの信号を、どの横断歩道を使えば良いのか、事細かく読み取ることが出来ます。この街は日本の京都のような碁盤の目タイプの道路設計ではなく、縦横斜め曲線カーブとあらゆるものが混ざりあった道路構成ですから、目的地に到着するのは至難の技となります。最終目的のコンコホステルへは、近くに着いたのにまだわかりません。隣のビルの守衛さんに聞くと、わざわざ外に出てきて教えてくれました。主要道路の前が広い駐車場になり、20メートルほど奥まった建物の二階に看板がでています。同様な雑居ビルが5軒ほど並んでいるので、看板を見落としてうろうろしていたわけです。

EP48 スマランからジャカルタへの列車

 今日は朝6時前に目が覚めました。宿泊したホステルは530円と格安のカプセルホテルで駅からも近く便利な場所でしたが、冷房が効きすぎて夜中に寒さを感じてしまいました。チェックアウトの際は、デポジットとした100000ルピア(千円)が領収書とともに4つ折りにされて、引き出しに保管されていたようで、昨日受付をしてくれた方と異なる人の対応でした。これなら担当者が代わっても迷うことはありません。

EP47 スマラン市街

 宿泊したホテルはバス停からも近く、駅から15分ほどの距離にあります。この町は、鉄道駅がそのまま旧市街(オールドタウン)に直結しています。中国人街へも歩いて15分もかかりません。他の町に比べるとコンパクトで観光にも便利な町かもしれません。駅付近に観光地が集中している利便性はメダンやパダンに比べると歩きやすい町なのです。明日の朝は755分発の列車に乗る予定ですから、早速下見に行きました。改札口付近には搭乗券の発見機が設置されています。





EP46 ナナンの実家お世話になりました。

 今日は最後のお別れの日です。朝食、昼食を頂きお昼過ぎに出発する予定です。昨日は念を押して、私はバスで行きたいから近くのバスターミナルまでバイクで送ってもらえば十分ですと約束しました。家族は車で駅近くのホテルまで送ろうと企んでいたようです。


EP45 村の風景それぞれ


 今回の旅を通して様々な村の日々を撮影することができました。それぞれの村の比較を考察したいと思います。

     アンドレの自宅周辺

アンドレの住む家はバンドン市街地に位置していますが、主要道路から外れ、車一台が通れるかどうかの細い道を進んだ終点の手前50メートルほどの場所です。道の終点は行き止まりで、広々とした水田地帯になっていました。終点には、この地域で排出されるゴミ焼却場があるのが印象的でした。ゴミ焼却場といっても、日本のように完全に機械化しているわけではなく、人力でかき集めたゴミは人の手を借りて手動で燃やしているという状況でした。

EP44 家族鉄道博物館と旧市街を見学

昼食を終えて午後1時半過ぎから車をレンタルしてスマラン市内の観光地巡りをすることになりました。アンドレの家でもそうでしたが、インドネシアでは時々家族総出でピクニックに行ったりするのが好きなようです。そんな時は思い切り散財しています。インドネシアでは博物館の入場料金は、彼らの給料から考えると相対的に高額になっています。殆どが最低20000ルピアですから円換算で200円です。この金額だと屋台で2回分の食事がとれます。吉野家の牛丼2杯分と考えると1000円の入場券と置き換わります。お金持ちのインドネシア人にはどうという価格ではないのでしょうが、庶民にとっては高額と言えるでしょう。それでいて内容は意外と貧弱で古い写真に説明を加えたものが並んでいる程度で、学術的な雰囲気は皆無に等しいわけです。今回訪問した鉄道博物館は植民地時代の建築で優雅な雰囲気を味わうことができます。

EP43 子供たち

 ナナンの家には親戚の子供で10歳(小学校4年生)がいます。初めて出会った時は恥ずかしそうにしていましたが、徐々に慣れてきたようで、私の質問にもテキパキと答えるようになりました。二日目の午後昼食が終わってから散歩に出かけると、向かいの家の同年代(学級は一つ下)と一緒に追いかけて来ました。急いでやってきたのか、一足のサンダルを片方ずつ使って片足は裸足の状況です。追いかけて来た子供たちにお願いして小学校まで連れていってもらうことにしました。歩いて10分ほどですが、しっかりと道案内をしてもらいました。夕方になると、その子はバイクに乗ってモスクでお祈りに出かけました。田舎道ですから、自由奔放です。バイクの免許などは無関係で、子供たちが意気揚々とバイクを乗り回している光景は決して日本で見ることはないでしょう。

EP42 移動販売バイク

 第二弾は、ナナンの故郷で活躍している移動販売バイクです。毎朝周辺の家庭を巡回しているおばさんは、イスラム教のスカーフを被り明るく商売に励んでいます。私が散歩から帰った10時頃は、家の前にブルーシートを広げ、その上に野菜が沢山並んでいます。勿論バイクには様々な食品を積み込んでいます。この光景を見ていると日本で、最近流行している移動販売車が重なります。こちらは、バイクでの販売です。日本に比べて通年暖かいのでバイクで荷物を搭載して販売するにはうってつけのパターンとなります。取引は勿論現金決済でエプロンのポケットそのものが財布になっていますから、手づかみでお釣りを渡しています。