2017年11月22日水曜日

スマトラ紀行(10)パヤクンブ工科大学へ



二人用レインコート
ブキッテンギからは凡そ1時間の距離にSTTPがあります。ここへは、サルマンがしっかりと導いてくれました。モーターバイクの後ろに乗っけてもらい定刻1時に到着したのです。しかし、雨季特有の空でどんよりとしています。走っている間に少しばかり小粒の雨が降り始めたので、一時停止で、レインコート装着です。何しろこのレインコートは一着で二人分の役割をしてくれます。ちょっとばかし大きめで頭を出す場所が二箇所あり同乗者も頭を出せば良いという単純なものですが、これがインドネシアらしき服装!です。現地の人々は慣れっこですから、少しぐらい雨が降っても平気で走っています。概して雨は30分ほど待てば、小雨になるか、止んでしまうのです。こうして、丁度約束の1時に到着することが出来ました。
工科大学
ここは、意外と小さな学校ですが、学生達の目は明るく輝いています。今日はSTTを訪問しました。STTとはインドネシアの高等工科大学とでも位置づけましょうか。ブキッテンギから40キロほど離れた街にある大学です。今日は驚きの日でもありました。4年前に関空からクアラルンプールに向かう飛行機の中でちょうど隣の席に座っていたインドネシア女史と知り合うことになりました。何か日本で学会があって数人のグループで訪日していた帰路が運命の出会いと
なったのです。その後フェイスブックで交流を続け、次第にお互いの行動や人生観を知るようになりました。私がネパールやインドの学校でパソコン教室を開催していることを知り、是非私の学生たちにも教えてほしいという要望が一年ほど前から動き出しました。しかし、それはいつのことになるやら定かではありません。私がインドネシアに到着してからも、フェイスブックに投稿し、現在の動きを投稿していました。そして、時にはフェイスブックチャットを利用しての意見交換です。そんな中でパソコン教室の実現に向けて着々と進行していました。でも彼女は半信半疑の状態です。トバ湖についてから、私の授業内容の詳細を送りましたが、まだ、実際に会ってみないと、どのような人物なのかはお互いに謎です。
しかし、今日はいざ再会となったわけです。それが、もう昨日の友人かのような対応です。数人の教師と共に簡単な打ち合わせを行い、早速実現の運びとなりました。来週27日から5日間ワークショップを開催しましょうという決定がいとも簡単に実現したのです。幸いにゲストルームもあるので、それを利用することになり、学生食堂もありますから、問題はありません。夕方4時から6時までの時間を利用することになりました。校内は24時間WIFIが利用出来る環境にあり、これなら何とかなるでしょう!当方も意気投合です。
アスティティ女史は田舎の学校が好きなようで、遅れた地域の学生達の教育向上に情熱を掲げています。授業の最終時刻が6時というのは、遠くから通ってくる学生達の配慮もあるそうです。学生達も私がどこから来たのかまだ詳しくわかりません。何気なく異国の人という印象は持っているのでしょうが、明るく挨拶を交わしてくれます。
学生数は250人ほどですが、教室を増やすのに彼女は尽力しわずか数ヶ月で政府に申請した増築の予算を獲得したそうで、彼女の才能が見えて来ます。そんな中で教師全員が未知の私に好奇心そして興味をいだきながらも、暖かく迎えてくれました。今は中間テスト時期で来週からなら時間が取れるとの話でした。
そんな話をしている最中猛烈なスコールに見舞われました。教育の事、日本の事、私自身の事など延々と話が続きます。そして雨の中を、彼の夫がやってきて、今度開催されるPBF(パヤクンブ・バンブー祭り)の会場を下見に行きました。地元の青年達は張り切っているようで、その中の一人はブログを持っているそうで、これを更に確かなものに改善していく約束もできました。帰路は有名なチョコレートショップに立ち寄り、カカオを飲んで帰りました。、何から手をつけて良いものやら、色々と夢が膨らんでくるのです。今度のセッションもすごく楽しいものになりそうです。田舎の学生たちですから、それなりに素直さを持っています。彼らとの交流が楽しみになります。
サルマンも今はまずまずの人生を送っています。昨日の昼は彼の家でいただきました、夜はここブキッテンギに住んでいる姉の家で招待を受けました。彼も一緒に同席し、色々と話を聞いていました。事前にアスティ女史には、「私がブキッテンギの学生を支援したことがある」と言うことを事前に話していたので、即どんな関係なのかも理解したようです。
ここに、少しばかり文化の違いを感じる事があります。これがインドやネパール社会だと随行する友人が、こうした講師陣達に同席するのは殆ど不可能で、その友人が同等な社会的地位があり、学校の先生とでもあれば、仲間に入れてくれるのでしょう。この社会では、閉鎖的ではなく以外とオープンな場面に遭遇しました。こうして夕方5時過ぎに無事宿に帰ったわけです。

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