2013年12月5日木曜日

マレー紀行パート2 第18日 食の天国タイピン(太平)

こうして、旅は延々と続きました。交通の便の良さ、設備の割に安い宿そして、口に合う食事と三拍子揃った日々です。こうして今日もどこかへ移動、何かが始まろうとしています。イポーのバス駅は2つあり、KLやペナンに行く長距離バス駅と、列車の駅から南に数分行った市内バスの駅です。後者のバス駅からはカメロンハイランドやタイピンそしてパンコールアイランドへ行く船着場のあるルムトの三方面へもバスが出ています。宿からおよそ1キロ離れていますが、ゆっくり歩いても15分、元気一杯の我が老人会!にとって、苦になる距離ではありません。


イポーからタイピンへは大体一時間毎にバスがあり、所要時間が一時間半の距離ですから、今日の移動はほんのすこし動いただけになります。が街の雰囲気は大きく異なり、街のあちこちに屋台村が出現です。さて、このタイピンという街は東海岸のイスラム色の強い街とは対象的で、住民の大半が中国系とインド系で占められているそうです。だからこそ食文化も豊かなのかもしれません。
しかもタイガーやカールスブルグなどビール会社の看板が良く目にはいるのです。地元の人々は、こうした飲み食いの費用をどのようにして捻出するものでしょうか?真に不思議な地域です。別名雨城とも呼ばれ、雨の多いことで知られる街で、案の定翌日のラルートの丘へのジープツアーは、行きは良いものの、帰路は雨に降られて散々な目に合ったのです。

ネットで目星を付けていたNEW CHANGPAIN HOTELへは1時前に到着です。通常マレーシアの宿は2時がチェックインで12時がチェックアウトになっているのですが、準備が出来ていれば多少早くても部屋を使うことが出来ます。特に小さな宿では適当にはいどうぞと云う感じで、印象が良いものです。

まずは、市内のシンボル時計塔の下にあるツーリストインフォメーションに向かいました。私が片言のマレー語で色々と質問すると、係りのおばさんは大喜びです。地図をもらって、おまけに私達のフェイスブックに載せるから写真を撮らせて下さいとせがまれる始末です。嬉しいような恥ずかしいような・・・。
ああ、フェイスブックに人生の歴史が刻まれてしまいました。

博物館への行き方や、明日予定しているラルートの丘への交通機関などを詳しく訪ねました。博物館へは、ここから歩いて10分ほどの距離でそんなに遠くはありません。まずは、歴史遺産を訪ねてタイピン博物館の見学です。向かい側は刑務所です。

タイピン刑務所については、以下の記述があります。

タイピン刑務所は中に入ることはできませんが、博物館の建物と並んで服役囚のよって作製された家具や木工品などの展示即売場があります。もの珍しげに入って思わぬ歓待を受けました。警備が厳重かと思うと、そうでもない!刑務所に務めるスタッフの控室のような部屋もあります。係りが、どうぞご覧くださいと気軽に声をかけてくれました。英語とマレー語をちゃんぽんにして話始めると、不可思議な日本人グループに興味を示し始めたようで、話が弾みます。

「ここの囚人は先月まで900人いたんだけど、今月に入って1300人になりましたよ。何しろ不法就労している外国人の取り締まりをしたので一気に増えました」と実情を語ってくれました。刑務所内では、様々な工芸品を作るだけではなく、クリーニング屋さんも兼ねているようで、奥には仕上がった洗濯物がビニールの袋に入って受け取りを待っています。


そう言えば、こうした記事は現地の新聞で時々見かけます。5年程前にペナンからインドネシアのメダンへフェリーで渡った時、10人程の集団が数人の警官に挟まれながら乗船して来たではないですか。彼らは、目につかないように手縄をかけられていたのを思い出しました。想像するに、不法就労の取り締まりに会い強制送還の憂き目にあったのでしょう。護衛の警官は船の出港と共に下船したのは、言うまでもありません。

2 件のコメント:

  1. 徐々に記憶が曖昧になってきました。ノートの記録を参照に読んでいます。

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  2. タイピンという街はチョット不思議な街です。
    建物や町並みは、雑多で決して魅力的ではありませんが、
    郊外には、錫の採掘所跡を公園にした素晴らしい所があります。
    広大な公園は良く手入れされており、緑と池がとても美しく、珍しい
    鳥や野猿達が飛び回っています。木陰で、昼寝したり、本でも読んで
    ゆったり過ごすのもいいなあ!

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