2011年1月15日土曜日

カシミールのお店

カシミール人のお店とその裏側
今日は久しぶりにハッサンと話をしました。彼もここ、マハバリプラムで色々な仕事に従事してきました。今は海辺のレストラン、そして八つの部屋、更にツーリストカーを一台を持って多角経営をしています。更にもう一つオフシーズンには土地ブローカーの業務も兼ねているそうです。本人の言うには、若い頃は博打をしていて沢山無駄遣いをしていたものだと告白していました。その後、足を洗って真面目に事業に取り組んでいます。銀行からの融資などを受けずに、一定の資金が溜まったら、少しづつ規模を拡大するという方向です。これは、私の手法と同じです。概してインド人の商売人は借金漬けで自転車操業をしているケースが多いのですが、彼の場合は手堅く道を進むという事でしょう。海辺にあったレストランは2004年12月26日に津波の被害にあった大きな打撃を受けたにも拘らず、今はそれを乗り切って着実に商売を続けていました。潮風を浴びながら、彼は熱心に語ってくれました。

ここ、マハバリプラムはカシミールの人々が進出したことで様相が大きく変わりました。この街は彫刻の街で、それらを主体とした品物が有名だったんだけど、カシミールの人々が、色々な品物、宝石、銀細工などを持ち込んで商売を始めるようになったのが1984年だった。彼らの商法は実に上手で、外国人が旅で使う費用の半分以上を宝石などの買い物に巧みに使わせていますよ。なるほど、彼らの店は垢抜けしたデザインで魅力的な商品を沢山陳列しています。外国人も当然の事として、飛びついて行くわけです。この現象は、ここタミルナド州だけではなく、お隣りのケララ州の観光地、隣国のネパールの主要な観光地にも進出しています。彼らは豊富な資金力を元に、さあーと現金払いをしますから、建物のオーナーにとって絶好の店子になります。さて、宝石を売るにも、巧みにお客さんを誘導して、あなたの幸運につながる宝石はこれ、これだと話を進めて行くのです。そして、更にドル両替の仕事も彼らにとっては旨みのある仕事なんです。彼らは顧客からのドルキャッシュを貯めこんで、カシミールに持ち帰ります。そして裏のルートでテロリストグループに有利なレードで販売するのです。相手がテロリスト集団となると、通常の銀行決済の取引とは異なり、新聞などで発表されているレート(現在は44.5~45.0)を4割ほと増しとなる60以上のレートで交換しているのです。ドル札の流れは、パキスタンをはじめカザカフスタンなど旧ソ連邦のイスラム諸国にまで広がっています。そして、彼らが流したドル札でパキスタンのテロリストは武器の購入が可能になるのです。そして、その武器は、私たちインド人の胸に突き刺さるという仕組みです。だから、彼らカシミールの人々はクリケットの試合でインドを応援するのではなく、パキスタンを応援するのです。

そんな話をしてくれました。なるほど多少数字を割り引いて考えても納得せざるを得ません。インド各地に点在するカシミール系の人々にはマネーロンダリングの役割をになっているということでしょうか?

しかし、カシミールの店は構えが豪華に見えます。並べている商品も魅力的な物が目につきます。現地タミール州の産物を展示することはありません。ネパールでも同じ現象が起きています。オリジナルはカシミールの商品ですが、売れ行きが良いと見ると現地生産を始めます。どういう訳か、インド各地にはカシミールショップが各地に展開されています。

0 件のコメント:

コメントを投稿