2011年1月3日月曜日

12月25日いざ出発

カンニャクマリエクスプレスのボード

今日2010年12月25日から南インド周遊の旅が始まります。
マハバリプラムから30キロの距離にあるチングルパット発は夕方6時25分です。通常バスで一時間で移動が可能です。逆算すると4時過ぎにマハバリプラムを出発しても十分な余裕があるはずです。さて、出発を4時にして、バス乗り場に向かいました。しかし何かが変です。バス停には一台チングルペット行のバスがぎゅう詰めの客を乗せて出発を待ち構えています。午前中にバス停付近を徘徊した時は、4-5台のバスがそれぞれの行き先ボードを付けて待ち構えていたんですが・・・。今日から毎年恒例のダンスフェスティバルが始まります。バス停近くの友人アルナ氏の息子センテルに聞くと、バス停留所はここではなく、バイパス入り口に臨時のバス停が出来て、そこから出発するとの事です。友人のファズルに携帯電話で連絡をすると、すぐにバイクを走らせて1キロ離れた仮バス停まで送ってくれました。そこには、がら空きのチングルペット行のバスが我々を待っていました。バイクからバスに乗り換えると即バスは発車です。他にもう一台バスが待っていました。この路線は最近便数が増え30分間隔で運行されるようになっています。まあ、次のバスに乗っても良いのですが、乗ったら、待つことなく、即発車で絶好のタイミングで駆けつけたものです。15分ほど進むと、先発してい
た満員バスを追いぬき、予定よりも早く鉄道駅に到着となった次第です。ファズルによると、今日はダンスフェスティバルがあってVIPが来るので車両乗入れを制限しているとの事です。またやけに交通量が増えていました。人々はぞろぞろと市内中心部から仮設停留所へ群れをなして移動しています。満員のバスが元来の停留所で客待ちをしているところへ、若い三人娘が乗り込もうとしていました。私はすかさずお節介を焼いて、タミル語で「バス停留所が変更になったので、そっちへ行ったほうが良いですよ」と説明したんだけど、やはり皆不安というか、何がどうなっているのか理解出来ないまま、足の踏み場もないバスに乗り込んでいきました。どうも、私達の判断が正しかったようです。
カンニャクマリの夜明け
さて、駅についたのは5時前です。出発までまだ1時間半あります。インドの鉄道駅で途中から乗り込む場合は色々と知恵が必要となります。概してこの国の列車は10両から20両程度連結され、それぞれに車両記号番号がついています。私たちが予約した切符にはS3(Sleeper Classの3号車)と記載されているのです。時刻表によると停車時間は2分間です。この間に該当する車両を見出して乗り込まなければなりません。予め駅長室に出かけて確認すると、ホームの端から二番目の売店付近にあなたの車両が停車するという説明を受けました。更に念を入れて売店にも声をかけてS3はどこが停車位置なのか確認しました。さてさて、そういった気苦労も何のその、この駅はすごくモダンで、ホームには、列車毎に停車位置を知らせるは電光掲示板があり夕方6時を過ぎ、周囲が暗くなっても一目瞭然とわかる仕組みになっていたのです。以前インドのバラナシからカルカッタ行の列車に乗り込んだ時はさんざんな目に合いました。始発駅からの乗車だと、自分の車両を見出すのには苦労することはありません。バラナシからの列車は8時間以上の遅延です。さらに時々ホーム番号が予告なく変更されることもしばしばです。まさしくこれで、乗り間違いを起こす人も少なくはありません。お昼過ぎの明るい時間にカルカッタ到着を期待していたのが、夜の11時に到着した記憶があります。その夜は少々大枚をはたいてYMCAに投宿した記憶がまざまざとと蘇りました
。駅のホームで待っていると6時過ぎにラメッシュワラム行の列車が満杯の客を乗せてやって来ました。予約なしの通常の席は足の踏み場もないほどの大混雑です。その30分後に予約した列車がくることになっています。ホームで待っていると、若い青年が声をかけて来ました。荷物もほとんどありませんが、明るい表情をしています。本人から名乗って「私は今からマドライ(500キロ南に位置するタミール州の中心都市)に行きます」興味深々と私たちに近づいてきます。私も勿論タミル語で応酬です。今日から南インドではクリスマスと新年のホリデーが始まり、大混雑初日という気配です。彼も多分休みをもらっての里帰りでしょう。我々は幸いに予約をとって寝台車両に乗り込むことになっています。しかし、彼の場合は通常の椅子席です。しかもそれは満員の車両です。人々は列車の屋根にこそ登らないけど、4人がけの長椅子に6人、8人と座り込むぎゅう詰め車両です。それでも裁ききれず通路や出入口にもぎっしりと人が座っているわけです。しかし、彼らにとっては、これが日常生活の一環なのかも知れません。異国からの私たちともっと語りたかったのかもしれません。「私も日本に行ってみたいです」と明るい声で語ってくれました。さて、会話が始まって間もなく鉄道公安官のパトロールが巡回にやって来ました。本人はそれをすばやく悟って急に黙りこんでしまいました。私の判断では、その青年はインドで見かける外人相手の詐欺まがいの質の悪いグループではなく、純真に我々に好奇心を向けていたのでしょう。変に鉄道公安官に疑われて問題を起こしたくないというのが本音で我々から遠ざかっていったのでしょう。列車の料金は日本円で数百円(670キロの寝台列車で600円という価格設定からすると、マドライまでは200円程度の料金です。200キロで500キロの旅です。多分出稼ぎか何かの形で遠く離れた故郷へ帰る道中だったのかも知れません。インドの気候はここ南インドでは寒くありません。夜も半袖でも十分過ごせる気温です。出発そうそう、インド青年のはつらつとした表情を垣間見ることが出来ました。いやはや心が何と逞しいことやら、それに比べると我々は軟弱そのものです。あの満員列車(車両)を見ただけで圧倒されて、体が麻痺してしまいそうです。さてさて、私たちの列車予定していたカンニヤクマリイクスプレスは所定時刻10分遅れて到着です。表示版に示された場所でぴったりと停車してくれました。まあインドの奇跡なのかも知れません。さすが、ハイテク天国南インドかもしれません。
車両に乗り込むとどんな客と隣り合わせになるのかも一つの楽しみです。以前カルカッタからマドラス(現在はチェンナイ)への列車で大概同席するのがバングラデッシュ人の医療ツアー組でした。南インドにはアポロホスピタル、CMC(Christian Mission Hospital)など有名な病院が多くあります。バングラデッシュではそういった信頼のおける医療機関がまだまだ不足しています。かと言ってタイやシンガポールで治療を受けるのは高額な費用がかかります。そういった事で隣国インドを目がけて治療目的で訪問する人々が相次いでいます。数年前からカルカッタにも有名な病院が数多く設立されたのが原因でしょう。バングラデッシュ人の南インド治療ツアーは激減したようです。彼らにとってはカルカッタならば、言葉の不自由もなく距離も近く、退院後のチェックも出入りがものすごく至便となります。昨年の12月18日にカルカッタからマドラスへの列車に同席したのは、ベンガル人の観光客でした。


今回隣の席には最南端の都市ナガールコイル(直訳すると蛇寺)の自宅へ帰る夫婦でした。すんなりと打ち解けて、「あなたは晩ご飯注文したんですか?食べ物を確保できる停車地は次の次のウィルップラムですよ」と親切に情報提供を受けました。私の指定された寝台は3段中の一番下になっていたのですが、隣の席の奥さんが上段だったので、すんなりと譲りあいです。これは時々依頼を受けることがあります。サリー姿で多少メタボ気味の女性にとって三段寝台の最上部へ移動するのは大変な事です。車両に乗り込んでから夕食が終えるまでおよそ2時間少々です。車内で頼んだエッグブリヤニは40ルピーで卵がニ個も入っていましたぞ。さてさて、明日の朝は無事インド最南端の駅に辿りつけるかなぁ!

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