2016年12月19日月曜日

12月8日 パゴーへ

パゴーで見かけた婦人警官

 ガーデンゲストハウスの朝食はパンとジャム・バターそしてインスタント・コーヒーミックスと簡素なものですが、ヤンゴン市内の中心地スーレーパゴダを目前にしての朝食は最高のおもてないかもしれません。今日はおまけに、昨日岩田さんが日本からはるばる届けてくれたコンビニおにぎりが加わり、豪勢なものとなりました。昨日私が立て替えて両替したチャット(100ドル分)ではこの先一週間ほどの予算には足りません。両替商の開店時刻は朝8時半で夕方6時半まで営業をしているとの事で、朝食後すぐ隣の路上喫茶店でお茶をすすり、時間合わせをしながら両替店に向かいました。今日のレートは1ドルが1270チャットです。面白いことに、1ドルと100ドルでも両替率は異なります。又新しいお札と古いデザインのお札でもレートが異なり、最新の100ドル札は1370チャット、どれだけ新しくて、しわ一つない旧デザインのドル札は1360チャットとレートが異なります。100ドルの両替に対して7000チャットの開きは大きいものがあります。全部でとりあえず200ドル分の両替です。昨日と合わせて300ドル分のチャットがずっしりと私の懐に収まりました。

両替を終えてから、新しくできたスーレー・プラザにあるスーパー・マーケットを見学です。ここは、意外と進化して、お惣菜や生鮮食料品の売り場では、店員が透明のマスクを被って作業をしています。これは、日本でも見かけない光景です。冷房の効いた開店早々のスーパーは客もまばらで、市街の雑踏から解放され、落ち着いて値段を観察することが出来、何かと便利なものです。一歩外に出ると、埃が立ち舞う雑踏の中でモヒンガ屋やお茶屋、果物売りが並んでいます。衛生観念はどえらく違ってくるものです。果たして私たちはどちらに属すれば良いのでしょうか?あまりにも衛生状態に気を配り過ぎると体内の抵抗力が弱ってしまい、鍛えられなくなってしまいすぐに病にかかります。かと言ってどんな水で洗っているのか定かではない路上のお店での飲食は、日本から来た人々にとっては、おぞましい光景かもしれません。消毒、消毒の観念に囚われ、おちおちと食べ物が喉を通らないかもしれません。幸いに私たちは、こうした食べ物を口にしても、腹痛を起こすこともなく、無事終了しそうです。(旅の道中でおなかの調子が悪くなった事はなかった。)
さて、市内を一回り軽く散歩して10時に宿をチェック・アウトしました。昨日は空港から宿までは、歩いて環状線の駅へ、そしてヤンゴン中央駅から宿へも歩いてたどりつきました。今朝は宿の前からタクシーで駅に乗り付けることになりました。料金は2000チャットですが、タクシー代金を払う段階で100チャット足りません。あるのはありますが、10,000チャットの高額紙幣です。運転手もお釣りがないとの事で、結局運転手の方が折れて1900チャットで済ませることになりました。
ヤンゴン発11時のタウンジー(インレー方面)に行く列車はウェブサイトに掲載されているのもあり、掲載されていない場合もあり注意が必要です。パゴーへの列車は上級クラスで一人1000チャット(85円)という破格の値段です。日本でいうとグリーン車クラスの広さがありますが、残念ながら窓の開け閉めには一苦労、冷房なしで天然の風が暑さをしのぐ最善の方法です。席は混雑することもなく、幾つかの空席を残してパゴーに向けて出発しました。所要時間はおよそ1時間40分。昨年乗車したよりも揺れも少なくあっという間に時間が過ぎていきました。
パゴーの駅に到着してから、明日の列車の予約です。この駅は古い建物で隣のホームへ行く陸橋は、ボロボロ鉄骨木造階段で下が透けて見えています。しっかりと足元を見ながら歩かないと、今にも足を踏み外し兼ねません。直接駅長室に向かい、明日の切符を訪ねると、名簿に私たちの名前を記載した後、明日7時に来てくださいとの事でした。切符はまだ手に入らず、支払いもまだ終わっていません。でも、これで明日の列車も確保されたも同然なのでしょうかね。どうもこの国のシステムが良く分かりません。
駅を離れて、常宿ミャナンダ・ゲストハウスに向かいましたが、残念ながら満室で、今回はその向かいにあるエンペラー・モーテルに投宿となりました。この宿は7階建てですが、勿論エレベーターなどはありません。料金は10ドルの部屋と7ドルの部屋があり、いずれもシャワー・トイレが付いています。朝食は含まれていませんが、横に長い建物で主要道路から離れた奥の部屋は静かでぐっすりと眠ることが出来ました。宿には15歳ほどの少年が色々と手伝っています。ここでも、領収書不要の世界で、宿のマダムに支払いを済ませ、はいはい了解という感じです。とにかく一休みして、パゴーの街を散策することになりました。この界隈はヤンゴンを結ぶ国道が町を南北につききっていますから、交通量が激しく道路を横断するのは一苦労です。「皆で渡れば怖くない」そのもので、横断しそうな人々を見つけて一緒に渡るしかありません。ビュンビュン車が次々と押しかける中を人々は器用に、その間をする抜けるようにして渡っていきます。日本だと信号が随所にあり、車両の姿が全然見かけなくても、赤信号であればじっと待つのが作法にかなっているとされますが、ここミャンマーでは、ヤンゴンでもそうですが、歩行者は信号無視で、自己責任で道路を横断しています。まあ、その方が私たちの危険予知能力とかいうものを高めてくれるのかもしれません。日本だと信号を待っているだけですから、文明の利器に頼り切って私たちのセンサーが退化していくのではないでしょうか?もう一つヤンゴン市内の横断については、スーレー周辺の道路は渋滞が慢性化していますから、車の流れは極めて遅く信号待ちをしている車の間をスイスイと歩くのが簡単という事情も加わっています。ミャンマーで私たちの危険予知能力を高めてみるのも、この国ならではの出来事です。オマワリさんも咎めることはありません。折角作った立派な横断陸橋も人々は無視して車列の前を平気で横切っています。何しろ、数分間もの間、車は動かずに信号待ちをしているんですから!
パゴーの街かとでちょっとお茶の時間です。入ったのは勿論路上の喫茶店ですが、隣が消防署です。簡素な金網ごしに、消防署員がお茶の時間をしています。消防署専用のカンテーン(簡易食堂)を兼ねたスタイルです。お茶が一杯200チャット(16円)の世界で、お番茶も飲み放題です。
市場を周って有名なシュエタリヤン寺院のちかくまで出かけてそろそろ宿に帰着です。今日の夕食は市場かった野菜で簡易鍋料理です。電気ポットで柔らかくした野菜をポン酢で食べるとさっぱりしていて結構いけるものです。最後は日本から持参のお餅を放り込んで出来上がり。
まだ寝るには早いので再びお茶屋を探して町をウロウロ、遠くまで出かけてみましたが、見当たらず、引き返したら、結局宿のすぐそばに一軒お茶屋さんがありました。


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