2013年11月30日土曜日

マレー紀行パート2 第13日目 PCB海岸と夜行列車

午前中はPCBという海岸に出かけました。現地語ではPANTAI CHAYA BULANを略してPCB(情熱の愛の海岸)という美しい名前を付けています。今でも市内からバスは30分毎に出ていますからアクセスには全く問題はありません。

20年ほど前にこの海岸に来た時は、綺麗な砂浜が広がり風光明媚な地でした。しかし今は海岸の侵食が激しく砂浜は少なくなりテトラポットがずらりと並んでいます。地球温暖化の影響でしょうか?ここマレーシアだけではなく、世界各地でこうした現象が起きているようです。


しかし、以前と変わらず土産物店や屋台などが並んでいます。30年ほど前の車も見かけました。勿論市内へ出かけるのは無理なようで、自宅と浜辺にあるお店の往復に利用しているとか。すごいポンコツ車両ですが、人間同様それなりに、年老いてもうまく利用されているのがすごい。

この地域では、アルコールを置いている食堂は一軒もありません。イスラム色の強い地域ですから、ご法度です。時には、我々も休肝日としての設定も良いでしょう。アラーの神様の思し召しと思えば納得が行くでしょう。

さて、帰りのバスで下車する場所を勘違いして、一つ手前で降りてしまいました。それが為に20分ほど余計に歩く羽目になりました。今日は夜行列車に乗る予定です。出発は夕方618分ですから、まだまだ時間があります。

荷物を宿で預かってもらい市内、郊外への徘徊です。列車の出発の時間調整もあってタイミング良く宿に帰着です。そして、又市内バスに乗ること15分ワカフ・バルという鉄道駅に着いたのは5時半過ぎでした。

そうそう、この駅で見かけたのは、日本の旧国鉄時代の車両です。スハフ14型と記載された車両は日本で特急列車、ブルートレインとして活躍していた車両です。行き先表示板には「長崎」「大阪」と残ったまま運行しています。これが、今は地元のローカル便で利用されているのです。いつかは乗ってみたいものです。当初の予定では、ローカル便を使って日中のジャングル鉄道の雰囲気を味わってみたいという案もあったのですが、急遽マラッカも訪問地に加えるという事になり、それでは夜行列車で一気にKLに向かうことになったのです。

進行方向に通路を挟んで二列に上下と寝台があり、久々の寝台列車に我々は子供のようにはしゃぎ回りました。次第に日が暮れ周囲は暗闇につつみ込まれます。頃合いを見計らって、夕食はガタンガタンと心地良い響きを与えてくれる食堂車でマレー料理のナシゴレン(焼き飯)を頂きました。タイ国鉄の食堂車なら、色々とメニューに工夫が凝らされているのですが、ここでは、お国の違いもあり、品数は限られています。それでも、旅情に溢れた一夜となりました。

この列車は寝台で11000円程度(上段31RM,下段38RM)という料金です。18時過ぎに出発した列車は翌日朝8時にKL到着予定です。最近のマレーシアは道路事情が良く、強力なバス網が各地を結んでいるので、次第に列車の本数が減り使い勝手が悪くなっています。バスの方が所要時間も少なくKLと結んでいるバスはその多くが三人がけのゆったりした座席の配置となっています。鉄道に比べると若干高いのですが、所得が増えて購買力が高くなると、どこの国も同じ結果になるのでしょう。

昨年数ヶ月ほどシンガポールとコタバルを結ぶ列車が隔日で運行されていました。日本のいわゆるブルートレインの寝台車を使い、列車名をマラヤン・タイガーとかいう愛称で稼動させたのですが、いつの間にか消滅です。

多分にそれは、ニーズのミスマッチという事かもしれません。何しろお役所のする事業ですから!でも、楽しい列車の旅が全滅しませんように!

1 件のコメント:

  1. PCB海岸では、私の孫によく似た少女(10歳位か)が、粗末な露天で
    海産物の焼き物をニコニコして売っている姿に、思わず購入。
    夜行列車待ちの駅では、美男・美女の若き兄妹とおぼしき姿に、
    思わずワッフルを購入。心優しい わたくしでありました。

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