2017年12月4日月曜日

スマトラ紀行(23) 最終日

観光名所!
前回は停電で授業が欠講となったので、その振替で私の滞在を延長して今日が最終日です。さて、今日もあいにく朝から停電です。予定では4時に電気が来るそうですが、またもや不幸に見舞われました。しかし学長なるアストゥティ女史は、今日は担当する授業がありません。
「今からドライブにいきませんか?今日は私は時間があいていますから!」そんなわけで、午前中から学校を抜け出して旦那さんが運転する自家用車で30キロほど離れた名所へドライブです。いやはや、優雅なものです。アストゥティ女史とは、もうこれで一週間になりますから、お互いに知己の中ですから、遠慮も何も不要です。
名所巡りに出かけました。見どころその第一番は、近代的なハイウェイです。山間部を走る道路ですが、立派な橋桁が螺旋状に出来上がり勾配を挙げて行きます。片隅には、旧道らしき曲がりくねった道も見えます。日本では良く見かけますが、インドネシアでは画期的な橋で、彼らが自慢したがるのも無理はありません。もう、坂道での渋滞やエンジンを唸らせる必要もなく、スイスイと高度を上げていきます。峠らしき場所は撮影ポイントになっていますから、家族連れやカップルが駐車して、記念撮影をしています。私達も仲間入りです。

さて、次は方向を変えて、ハラウ渓谷です。ここも彼らが自慢したくなる場所で、断崖絶壁が続く渓谷です。
時刻はお昼前ですが、アストゥティ女史は、道中見つけた回教寺院に立ち寄ってお祈りです。まずは、男性のお祈りの時間があって、それが終わると女性のお祈りが始まるみたいで、男女が一緒にお祈りするという事は出来ません。
渓谷観光を終わるとお昼過ぎとなりました。そろそろお昼食の時間です。建築コンサルタントを営んでいる旦那さんは、この近くにある農科大学の仕事も引き受けています。それで、この農科大学は広大な敷地を持ち、1500人もの学生を抱えている。大きな大学です。勿論、ここでも学生達はバイク通学です。お腹が空いているので、早速学食に横付けとなりました。好みの料理を注文して、しばし休憩です。こうして午後2時頃には、大学に戻った次第です。さて、電気事情はどうなったことでしょうか?帰り際に、電柱を補修している所を通りかかりました。数人の作業員が補修に必死ですが、何しろインドネシアタイムでの作業ですから、さっと修繕して、パッと電気が来るという仕組みからはほと遠いものがあります。どうも今日の授業も諦めなければならないようです。
そんなわけで、今日は授業が出来なかったら、明日は私が不在でも、ラムジルさんに、当方自作のパワーポイントを利用して2時間の講義をしてもらう手配をしました。彼も気持ち良く了解してくれたのです。
さて、翌日、彼は上手に講義をしたようで、パワーポイントの最後のスライドにオンライン・アンケートの依頼を書き込んでいました。
数日経ってから、オンラインアンケートを開いてみると、学生達から熱心なコメントが数多く寄せられ、私は大感激してしまいました。10人程の学生は、私の教材に従ってブログを公開していました。中身やデザインはまだまだ改善の余地はありますが、彼ら自信が自分たちで考えて何かを発表するという機会を持った事は大きな成果となったのです。
今回は時間が少なくて、全ての内容について講義することはできませんでしたが、来年は、確実なものにしたいものです。
さて、明日の講義について、ラムジルさんと話が終わった所でアストゥティ女史から呼び出しがありました。手にには現金の入った封筒と、私のサインを求める伝票が一緒です。「少ないですが、これを受け取ってください」との話でしたが、とんでもない話です。当方は丁寧にお断りです。「いや私の方こそ、部屋代を払わなくては。じゃあねぇ。部屋代の代替としてラムジルさんが新しく開店したお店のお祝いに、少しばかり包ませてもらいましょう。」という事で私の方から強制的に話をつけて、一件落着です。しかし、アストゥティ女史の目は真っ赤に近いほど腫れ上がり、すこしばかり涙が出ようとしています。彼女にとっては、こうした事は始めての経験だったのでしょう。涙をこらえながら、今にも泣きじゃくるような顔をしながら喜んで私の申し出を了解してくれました。私の方は10日間の滞在費用が、予定の半分になってしまいました。使わなかった半分はラムジルさんへのお祝いでインドネシア語で「開店お祝い=Selemat Warung Baru」と記して彼に私ました。
一般的にインドネシアの人は、何かをもらってもその場で開けることはしません。後でこっそり開けるのが習慣なようで、非常に奥ゆかしい場面があります。 続く

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