2017年12月2日土曜日

スマトラ紀行(20) 忙しい日々

竹祭り会場の展示物
午前中はアストゥティ女史と一緒に竹祭りを見学に行きました。旦那さんの運転する乗用車にのって、会場付近までいきました。それから10分ほど歩くと会場です。駐車場の近くには、ボランティアの人々がたむろして、人の出入りや車のチェック等をしています。そんな中で一人のオッサンが登場です。彼は日本に行った事があるそうで技術研修とかで1年半ほど滞在したそうです。17年前に日本に出かけたのですが、今でもかなりの日本語を覚えています。私も嬉しくなりました。多少ややこしい単語も理解しています。17年前に日本に行った頃の証明として当時通っていた空手道場の会員証を見せてくれました。いや仲々ハンサムな青年でした。今は小学生の息子と奥さんの4人ぐらしだそうです。小さな村の事ですから、大体の人々は、あの人は何をしているか、どんな人なのかお互いに知っていますから正体はすぐに知れ渡ります。彼は日本で言うならばさしずめ自治会役員みたいな存在です。

さて、アストゥティ女史は、会場に行く道中をきょろきょろしながら歩いていきます。そしてようやく公園の入り口に祈祷の場所があるのを発見して大喜びです。「これ(礼拝所)がないと、私の人生なくなりますよ。とても心配でした。でも、ここでお祈り出来るのがわかったから、とても安心です。」こうした場面に遭遇するのは、ここインドネシアならではの日々です。
今日は何となく忙しい日になりそうです。何しろ教師への講義が予定されていますから。予定より開催時刻は遅くなりましたが、4名の教師が揃いました。今日の課題はブログの発行についてです。何しろ先生方の熱心さには驚くばかりです。
しかし、案の定パソコンのメンテナンスがうまく行っていないので、どのパソコンも遅く早急に調整しなくてはなりません。本題に入る前のパソコンの点検にもえらく時間がかかりましたが、先生方は、それも熱心に質問を受けながらの操作です。
先生方は、それなりに、文章を書いたりするのは手早いのですが、どうもパソコンを総合的に利用するには、まだまだ時間がかかりそうです。アストゥティ女史は数年前からブログに取り憑かれて見たものの、まだ形にはなっていません。もう諦めかけていた所に救い船がやってきたのです。わずか2時間後には、ブログの発行が仕上がってしまいました。彼女の感激は最高潮に達したようで、お抱えの運転手(実は建築業を営む旦那さん)がやってきたので、矢継ぎ早にに喜びを報告しています。「私が何年もかかってトライしたのが、わずか2時間で解決するなんて信じられない!ありがとう、ありがとう」と言われると、私も嬉しくなってしまいます。
さて、ロニーさんは、いつも中古のピックアップで大学にやって来ます。土木関係の仕事を営む傍ら、大学の講師も努めています。もの静かな方ですが、数字にはめっぽう強く、飲み込みも早いようで、まだ問題の解決していない他の先生の指導も引き受けています。あっと言う間にお互いが研鑽しあう雰囲気となり、和気あいあいと講義が進展し、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。夕方はロニーさんと一緒に夜の竹祭りに出かける約束となりました。
夕方6時半頃ロニーさん登場ですが、中古のバイクです。さて、このパイクで男三人が乗り込んで会場へ直行です。もう、この時間になるとヘルメットも不要、三人乗りも問題なしでアウトローの世界に変身してしまいます。ここでは、そうした固い事は抜きにして、実務的な方法で対処しています。成る程イスラム教の世界ではアダラートというのがあり、時には、政府の法よりも優先される場合もあるそうです。
まあ、田舎道だと、スピードも出せないし、交通量も少ないわけだから、事故の確立は極めて少ないわけです。東南アジア各地の田舎では、子供達が、ご婦人方が免許があろうが、なかろうが、のんびりと乗り回している光景を良く見かけます。これは、意外と現場に沿った暮らし方の一つです。ちょっとお使いに行くのに、中学生が無免許運転でバイクを乗り回すという事は日本だと厳罰になるのでしょうが、ここでは、誰も咎めません

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