2010年12月22日水曜日

インドにも生じる過疎化と地域格差

さてさて、日本で過疎化が進行して間もないわけで、山間部は空き家が多くなっています。さて、ここインドも同じような現象が生じています。友人のガネッシャンの語るところによると、ここマハバリプラムからそんなに遠くない場所で、とある集落は半分ほどが空き家になっていると話してくれました。それは日本と同じ状況に陥っているようです。若い人が町へ(チェンナイ=旧名マドラス)出稼ぎに行き、そのうち都市に住むようになります。自宅(村)には年寄りのみが残るようになり、場合によっては、家族全員が都市に引っ越すケースもあります。村には一日数本のバスしか通いません。学校も遠く、医療機関も遠いという事で過疎化に弾みがかかります。それは、チェンナイからそんなに距離が離れているわけではありません。しかし、数回交通機関を乗り継いで徒歩をも余儀なくされる集落です。日本では廃村の多くがは中山間地のケースがしばしばあります。しかし、ここチェンナイ郊外は平野部が広がっています。強いてゆうならば、平野部なれど、不毛の地とも言えるでしょう。地質や、海岸付近の塩害の多い不毛の地での生活は困難を伴います。平地でありながら不毛地帯が続く深南部のラマナートプラム地区は、昔から多くの移民を産出した土地として知られています。マレーシア在住のタミル系住民の出身は、こうした地域からが大半を占めています。近年においては、
彼らの向かう場所が国外ではなく、新しく造成された工業団地周辺へと変化してきました。インドでは大都市周辺の辺地が過疎化しているともいえます。政府主導で産業団地が造成された結果、その周辺は土地の高騰を生み出すのはどこも同じといえるでしょう。周辺地域には、高層マンションが乱立し始めています。反面、周辺の僻地へのインフラが不十分なため、近くありながら過疎化が進行するという現象が派生しています。
それは、通勤するには距離が遠く、主要道路から4キロほど離れた場所が致命的な理由といえるでしょう。周辺は農業と言っても痩せた土地(海水が入り込みやすい)なので、それで生計を立てるにも不十分といえる場所です。チェンナイ近郊はIT関連の産業や、自動車産業などが最近急速に発達しました。それに併せて所得もどんどん上昇していきます。同時に都市部での物価上昇も引き起こしているのも事実です。それでも、人々は職を求めて、より多くの収入を求めて都市へ集中していると言えるでしょう。そして、それは、地域格差を更に拡大する要素に繋がっています。例えば屋台のお茶屋さんで飲むミルクティーはここマハバリプラムでは地元の人は4ルピー、見知らぬ人には5ルピーという協定価格になっています。それが、先日滞在していたカルカッタ郊外のビルマ寺付近では2ルピーという価格です。カルカッタ郊外といえども、この僧院のある場所は僻地とも言えるでしょう。朝晩は小鳥のさえずりが聞こえる田園地帯です。最寄りのバス停までは、歩いて30分かかります。カルカッタ市内では3ルピー。カルカッタの僧院で運転手をしている青年達の基本給が一ヶ月3500~4000ルピー(7000円から8000円)それに多少の付加給があって一万円程度です。ここマハバリプラムで石彫の職人は一日8時間の勤務で800円を超えているようです。一ヶ月の収入はゆうにニ万円を越えるでしょう。チェンナイ郊外のIT関連に勤務する友人は5万ルピー(10万円)の給料を得ています。このようにして、インドという枠の中に、もう一つの異なった空間を見出すことが出来ます。或いは、チェンナイという大都市圏にシンガポールのような空間が存在しているとも言えるでしょう。5年前に訪問したIT関連で有名な都市バンガロールの繁華街は、ここがインドなのかと錯覚するほど、垢抜けした町に変遷していたのを思い出します。しかし、バスで2時間ほど移動すると、状況は一変します。ネパールの山間部も道路が新設されるにつれ、それは、都会へ住民を移住させる手段になってしまいました。村には高齢者か婦女子が大半を占め、働き盛りの人々はネパールの都市部へ、また国外へ出稼ぎに行くという現象が生じています

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