2017年4月15日土曜日

ネパールのバブル

雨が降るとぬかるみ
ネパールでも、最近は詐欺事件が横行しているようです。とある中級ホテルの隣にATMの装置があります。これが、ホテルの部屋から監視できるように、小さな無線通信付きのカメラを仕込んでいたそうです。それで、暗証番号を盗み見て、カードを偽装して大量の現金を掠め取ったとの事です。いやはやサイバー詐欺はどんどん進化しています。この悪事を働いた外国人はネパールの警察に逮捕されたそうです。
或る事件では、激化する利息競争を利用して、高利で資金を預けるとのタレコミをして、資金を集め、最初の一カ月だけ配当をつけ、その後は雲隠れする金融業者も登場です。お金持ちはそれなりに、高額の資金を預けますから、被害も大きくなってしまいます。中には、ノイローゼにかかる人々も出現しています。結局元金は保証されることもなく、泣き寝入りになってしまいます。こうした事態に備えて政府が取り締まりをするわけでもなく、野放しの状態です。

2017年4月14日金曜日

2001年シトウェ(ラカイン紀行)



この記事は2001年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです

1.     ラカインの話(はじめに)

ンガパリ・ビーチの夕日 2003年撮影
2001年から2002年にかけて再びミャンマーを訪問しました。今回の旅はミャンマー国内でもバングラデッシュと国境を接する西方のラカイン州を中心としたものでした。ミャンマーという国は日本の倍程度の面積があり、東西南北でそれぞれ異なった民族が住んでいます。従来の主要観光コースを外れると異なったミャンマーの素顔を垣間見ることが出来ます。それでは、今回の紀行文をじっくりとお楽しみください。





2017年4月2日日曜日

付録 ビルマ旅行事情


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


付録

ビルマ旅行事情

19982
    経路
通常BKKより一番安いフライトはバングラデシュピーマンの便で週一便で毎週火曜
日の午後出発し、夕方の4時頃がヤンゴン到着予定で料金は往復約120US$タイランド通貨
5000バーツ。他にミャンマーエアーエウェイズは、6500Bすなわち150USSで往復こちら
は便数が毎日2往復あります。 また、日本からは、全日空の直行便が関西新空港からあります
が、料金は未確認です、噂によるとおよそ8-9万円、ヤンゴン市内が荒れている時には、5万円程度まで、値下がりするとか? ピーマンの便は遅れる事もあります。ここの機種はエアーバスですから座席数も多く、直前でも余程でない限り席が取れます。一時間のフライトですが機内で軽いスナック類と飲み物があわただしく提供されます。ピーマンの便でBKK-RGN-CCU或いはBKK-RGN-KTMと各地を途中下車しながらのコースも楽しみです。この逆コースは高くなります。尚ヤンゴン到着が遅くなっても心配はいりません。別項に空港から市内へのアクセスを参照して下さい。

2017年4月1日土曜日

13.名勝地



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


 13.名勝地

13.1マンダレーヒルと周辺

マンダレーにて2002年
マンダレーヒルのてっぺんにはきれいな寺院があります。参道に当たる部分は屋根付きです。 雨季には雨除けに暑い時には日除けの役割を果たしてくれます。 熱心に信者がお参りしています。 境内には食堂もあり土産物もある巨大コンプレックスとなっています。もう少し閑静な所が良ければ一寸離れてバスで行く事の出来るヤンギン・ヒルへ出かけるのも良いでしょう。この寺院群もマンダレーヒルと同様な造りとなっています。マンダレーヒルのような混雑はありません。マンダレーヒルは3$の入場料が必要ですが、ヤンギン・ヒルは入場料金不要です。どちらも頂上からは肥沃なミャンマーの大地をじっくりと眺める事が出来ます。
他にマンダレーに郊外にはアマラプラのウービン橋という木造の橋がありま。ウービン橋付近の景色は本当にのどかなものです。日本ではどんな田舎に足を踏み入れても大きな広告板や送電塔マイクロウェーブ中継基地等が視野入り込んで耗粋な自然の姿を写真に収めようとするとかなり難しくなっています。ここではただカメラを向けるだけで自然そのものを記録する事ができます。 ウ-ビン付近は

12.4再びミャンマーを考える



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


 12.4再びミャンマーを考える

イラワジ川の船着き場にて
現在の方法で半鎖国政策を続けて行くと国際社会の中で孤立化して行く様に思います。 それは望んで孤立化するのではなく、何処の国も相手にしなくなるのではないかという意味も含まれます。 産業の育成や国家の近代化への道を考えるにあたり、時既に遅しに近い響きがあります。 何とか今年はアセアンの仲間に加入する事が出来ました。 今までのスタートの遅れで外国の企業は投資意欲を失いかけています。望むと望まないに拘わらず孤立化への一面も背負いこんでいる気もします。
ミャンマーは確かに自然の環境に恵まれた土地です。 隣のバングラデッシュのようにサイクロンに見舞われる事もなく、ヒマラヤの山岳地帯の様に寒くもなく、タイランドの東北地方(イサーン)のように半乾燥した台地が続く事もありません。フィリピンのような台風銀座でもありません。矢張り宣伝のとおりゴールデンランドと呼ばれるにふさわしい自然環境と資源に恵まれた大地と解釈しても良いのではないでしょうか? 今後これらの資源がどのように利用され、人々の生活はどのように変化していくものでしょか?

2017年3月31日金曜日

12.3ガラクタ屋



この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです


 12.3ガラクタ屋

ヤンゴン街角にある水飲み場
ミャンマーの現状を見ていると何かしら20年前のスリランカと似た所を多く発見出来ます。当時のランカは時の大統領ジヤヤワルデネ氏の指導の下で社会主義国から経済の自由化を始めたばかりでした。モノは非常に大切にされ修理に修理を重ねた商品が出回っていました。ここでは、様々な修理屋さんがあり、とても忙しそうです。ガラクタショップ大繁盛です。カバーのなくなった扇風棟だとか、ペンキを塗り替えただけの新品に見える冷蔵庫とかが出回っていました。こんなものは何に使うのかと首をかしげるような品物も路上で販売されてます。
ミャンマーでは特に自動車の部品と思われる鉄製品が所狭しと並んでいます。 一体これらは何に使うのでしょうか? 店の親父は景気のよい証として大概お腹が出っ張っています。いつもにこやかな顔をしています。 最近外貨不足とかで、乗用車の輸入が規制されました。 彼らの出番が回ってきたようです。マンダレーでは**消防庁と記された車の左側のドアだけが店先に並んでいました。 スリランカと異なる面もあります。すなわち修理屋の種類が限られいます。ミャンマーでの日常生活を観察してみると、靴は殆ど履きません。かばんはシャンバッグを肩に引っかけて終わりです。服装も至って簡単ですから、仕立て屋の数も南アジア社会に比べると発達すする訳がありません。電気の供給事情が悪い国ですから電気製品の普及は令-で扇風機よりもうちわが便利な社会です。資源の再利用の方法はその国の事情に依って普及する商品が異なり再生技術に違いはあっても活発に為されているようです。 ここでは日本の粗大ゴミが再び有効に活用できるのではないでしょうか?

2017年3月28日火曜日

12.2落っこちたトマト



12.2落っこちたトマト


この記事は1998年にミャンマーを訪問した際の日誌を再編集したものです

タージの街にて
遅れていると言う事は一体どのような意味を持つのでしょうか? 単に教育水準が低いと言う発言もこの国の尺度では通用しません。ましてや科学水準が低いと言ってもそれは彼らの実生活とかけ離れた存在です。このレベルで人が優れているとかを語るべきではありません。その人々の行動がどのようになされるのかが真の人生の尺度ではないでしょうか? 今日のトラックバスの荷台からトマトが-駕寵落ちました。 15キロ種詰まった寵です。 皆協力して路上に散乱したトマトを拾うのに協力していました。 はつらつとした光景を眺める事となりました。ここに真に仏教徒としての悟りがあるように思えてなりません。誰一人この事件に関して良いとか悪いとか批判はしません。 起きてしまった事象に対しての決着を付けるのではなく、それをどのように処理するかを決めるのが先のようです。 こうして考えると我々はまだまだ教えて貰うべき事が沢山ある気が致します。ここピーの街へは又来年も訪ねてみたいと思います。季節を選んでビルマにはまる事と致しましょう。